昔から「寝る子は育つ」と言われるが、この諺は科学的にも正しい。子どもの成長にとって重要なホルモンである成長ホルモンは昼間起きている時よりも、夜寝ている時の方が多く分泌される。特に、思春期では成長ホルモンの分泌が高まり、夜間睡眠中に多くの成長ホルモンが分泌される。睡眠が途中で妨げられたり、睡眠時間が短かったりすると、成長ホルモンの分泌が低下し、身長の伸びが悪くなる可能性がある。
ところで、睡眠中の生理現象についての研究が始まったのは比較的最近のことなのだ。従来の医学的研究は起きている状態でのものがほとんどで、睡眠中の出来事には関心が薄かった。その理由は、睡眠とは単純に生体の活動が休止した状態という先入観に支配されていたからだ。
しかし、突然死が明け方に多いことや睡眠時無呼吸症の方がいろいろな身体疾患を合併することことなどに気付いたことから、身体諸機能に対する睡眠の影響が注目されるようになった。その結果睡眠中の医学研究が盛んになり、さまざまな病気に睡眠障害が関係していることが分かってきた。
睡眠障害が続くと高血圧が増悪する。ひいては心筋梗塞や脳梗塞になる確率が高くなる。このメカニズムとしてはインスリン抵抗性が亢進して、体中の細胞でエネルギーの素であるブドウ糖を利用する能力が低下することよると考えられている。
さらに、睡眠が不足すると食欲を抑制するレプチンというホルモンが低下して、逆に食欲を亢進させるグレリンというホルモンが上昇するために、糖尿病や肥満、高脂血症が進行する。
また、成長ホルモンや副腎皮質ホルモンの分泌も睡眠と深く関係するために、睡眠不足が長期間続くと免疫機能が低下する。そうなればいろいろな感染症にかかりやすくなる。免疫機能の低下は感染症にとどまらず、癌になりやすい状態を作り出す。
現代人を悩ます病気はインフルエンザや食中毒といったウィルスや病原菌による感染症と、糖尿病、高血圧、高脂血症、高度肥満およびそれらを基礎に発症する心筋梗塞や脳梗塞などの生活習慣病(メタボリックシンドロームという名前は誤解されやすいので敢えて使用を控える)、そして癌。この3つが大半を占める。
つまり、現代人の病気のすべてに睡眠が深く関係しているのだ。睡眠不足は万病の元と言える。よく考えてみれば、人生の約1/3の時間を過ごす睡眠が我々の健康と深く関係することは当たり前といえば当たり前のことと言える。
困ったことに、日本人の睡眠時間は世界で最も短いらしい。アメリカ、ドイツ、イギリス、メキシコ、カナダ、日本の6か国で22歳から55歳までの男女1500人を対象に生活習慣を調査した結果、メキシコが7時間6分で最長。2位はカナダで7時間3分眠っている。次いでドイツ:7時間1分、イギリス:6時間49分、アメリカ:6時間31分と続き、日本人はもっとも平均睡眠時間が短くて、6時間22分しか眠っていないことが分かった。
同じ国の中でも、莫大なエネルギーを使って不夜城と化した都市で生活する者は、上の数字以上に睡眠不足に陥っていると考えられる。ということは、東京や大阪などで生活している人は世界一不健康な生活をしていることになる。事実、我が国の生活習慣病は都市化と並行して増えてきた。
我々は今の生活が当たり前ではないことを自覚して、もう少し睡眠に時間を割く必要がある。だが、単に長い時間眠ればよいというわけではない。眠る時間帯も睡眠時間に勝るとも劣らないほど大切なのだ。生物としてのヒトが本来眠るべき時間帯に眠らないと、いくら長時間眠っても健康を害する。
さまざまな研究から、遅くとも11時台にはベッドに入らないといろいろな機能に障害をきたすことが分かっている。
夜、昼のけじめがないコンビニエントな生活を改めて、地球の自転に合わせた生活を取り戻そう。