投稿日:2013年10月7日|カテゴリ:コラム

生物のもっとも大切な機能の一つが、自らと同じ種に属する個体を作る行為、つまり生殖である。生殖は大きく分けて無性生殖と有性生殖がある。無性生殖は体細胞を分裂させて増えていくやり方。菌類やヒドラなどの単細胞生物がこの方法で増えていく。一方、私たちヒトなどの高等生物に見られる有性生殖は二つの個体の間で遺伝子の交換を行って、両親とは異なる遺伝子を持つ個体を生産する方法。
藻類などの一部の有性生殖では遺伝子を交換し合う生殖細胞が同じタイプの細胞だが、多くの動物に見られる有性生殖は大型で運動性を持たないメス型の細胞と小型で動き回るオス型の細胞との間で遺伝子交換が行われる。
下等動物における雌雄決定因子は必ずしも遺伝子ではない。ワニやカメは生まれてくるときの環境温度でメスになるかオスになるかが決まる。もっと原始的な動物は一つの個体にメスとオス両方の機能を有する雌雄同体で、接合しあうと、同時に二つの個体が受精する。
このように生物全体を見渡すと、性の仕組みは複雑だ。しかし、哺乳類に限って言えば性を決定するのはX、Y染色体である。X,Y染色体については中等教育の理科で習うから、多くの方がご存じだと思う。性染色体がXXだとメスに、XYだとオスになるというものだ。つまりY遺伝子を持っていれば卵巣が精巣の形に発達してオスの個体になるが、Y遺伝子がないと卵巣のままでメスの個体になるのだ。

ヒトでは全部で46本(23対)の染色体のうち44本は男女共通であり、常染色体と呼ぶ。残る2本がXXあるいはXYの性染色体である。X染色体は形態的には他の常染色体と大きな差異は見られない。一方、性の決定権を持つY染色体はかなり奇妙な染色体だ。極めて小さく、X染色体の1/3程度しかない。出来損ないの切れ端みたいな染色体なのだ。
ところが、元をたどるとY染色体もX染色体と同じ形をし、両者は1対の常染色体だった。それが約3億年前、爬虫類から哺乳類が進化したころから分離してそれぞれが独自に進化を始めたのだ。とりわけ、Y染色体の変化は著しかった。
なぜならば、対称的な形をしたX染色体は卵を形成する際にお互いが混じり合うのに対して、非対称のY染色体は混じり合うことがない。このために、有害電磁波や活性酸素などによる損傷を回復することができないためにどんどん退縮してしまったのだ。
3億年前はほとんど同じであった両染色体が、現在ではX染色体が1098個の遺伝子を持っているのに対して、Y染色体には僅か78個の遺伝子しか存在しない。
このままでいくと1000万年後にはおそらくY染色体は消滅してしまうと言われている。男性諸氏は「これは大変!男がいなくなってしまうじゃないか!」と心配されるだろう。しかし心配ご無用。Y染色体が消滅した場合には、XYに代わる別の機構が性を決定するようになるからだ。有性生殖システムは一つの性染
色体を失ったくらいで機能喪失するほどやわなシステムではないのだ。
そもそも性とは遺伝子を混ぜ合わせるための仕組みだ。遺伝子を混ぜ合わせることで多様性を獲得し、様々な環境への適応が可能になる。また、遺伝子は常に損傷を受けて突然変異を起こしているが、遺伝子を混ぜ合わせることで有害な突然変異を除去することができる。さらに、常に遺伝子を変化させ続けていないと、病原菌やウイルスなどに寄生されて滅ばされてしまう。このために種を生き延びさせるために絶え間なく遺伝子を混ぜ合わせなければならない。
ルイス・キャロルの「鏡の国のアリス」の中で「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない」という「赤の女王」の台詞がある。この比喩的なセリフから、種が生き延びるために常に遺伝子をかき混ぜて進化し続けなければならないと考える説を「赤の女王説」と呼ぶ。
したがって、減数分裂の前の分裂において、遺伝子の組み換えをすることのできないY遺伝子は赤の女王によって消滅が予言されていると言える。
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遺伝子の交差:有性生殖における配偶子(卵子と精子)製造は2段階の過程で行われる。第1段階ではそれぞれの染色体が交差(遺伝子の組み換え)を行いながら2倍の染色体をもつ細胞を作り、それが分裂して二つの卵母細胞あるいは精母細胞を作る。その二つの細胞がX染色体かY染色体のどちらかだけをペアで持つ4個の卵娘細胞あるいは精娘細胞に分裂する。そしてさらにもう一度分裂して1個のX染色体あるいはY染色体だけを有する8個の染色体数23の卵細胞あるいは精子細胞になる。第1段階の倍数体が作られる分裂の際に、Y遺伝子は対称形でないために遺伝子の組み換え(交差)が行われない。したがって、Y遺伝子は先祖代々同一の遺伝子を受け継いでゆく。

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