障害者自立支援法に基づく精神障害者に対する補助の一つに通院費補助制度がある。これは一般的に3割である医療費の自己負担分のうちの2割分を都道府県が負担してれくれる制度。東京都の場合、年収が一定額に満たない低所得者は残りの1割も自治体が負担してくれる。
精神疾患の治療は長期にわたることが多いので、経済的な負担が大きくなる。これを補助することによって、治療の中断を防止して、社会復帰を促そうとするものである。以前は、当院に通っている方のごく一部の方だけが利用していた制度だったが、長引く不況の結果、現在では非常に多くの患者さんがこの制度を利用している。所得の低下によって3割の医療費が重い負担となる人が急増したからだろう。
さらに困窮すると生活保護のお世話になる。生活保護下に入ると、医療費は全額国と地方自治体の負担となる。そうなれば、先ほどの通院費補助制度は必要なくなるはずだが、実はそうではない。患者さんの病名に精神障害の名前を見つけると、市町村の生活福祉課は躍起になって、この制度を利用するように勧める。
患者さんからすれば、どっちみち無料で医療を受けられるのだから、わざわざ手続をしなければならないので面倒くさいだけなのだが、福祉の担当者は上から自立支援医療の適用を強く命じられている。その理由はお財布の違いだ。
通院費補助制度を申請しないと医療費の全額を生活保護というお財布から支出しなければならない。ところが、通院費補助を使えば、2/3は自立支援という名の財布からの支払いとなり、生活保護という名の財布からの支払いは1/3だけで済むというわけだ。
患者さんにとってだけではなく、納税者である私たちから見たって、とどのつまりは税金からの拠出であることに変わりはない。しかし、そこには役所独特の縄張りの問題があるようだ。
景気低迷と壊れた雇用制度のお陰で急増する生活保護者。その数は2012年7月の時点で、なんと212万4669人となり、今現在も増え続けている。生活保護にかかわる費用のうち約半分近くを医療費が占めている。この数字をなんとか下げたいと願う当局は、なるべく別の財布から支払いたいと考えているのだ。
その結果、一般健康保険の方に加えて、生活保護の方もこぞって通院費補助を申請する。ここでわりを食うのが私たち精神科医だ。この申請の際に添付する診断書作成という仕事が増えるからだ。しかも、この医療費補助は2年ごとに更新しなければならないから、最近ではこの診断書作成に日夜追われるようになった。
しかも、この診断書の書式は各自治体によって異なる。記入項目は共通なのだが、紙の大きさや、記入欄の構成が自治体によってばらばらなのだ。多くの自治体の書式がA-3のノンカーボン3枚綴り。だが、A-4の大きさに豆粒のような文字で記入しなければならない自治体もある。
診療を終えた後、複写紙にびっしりと文を書き込む作業は結構しんどい。しかも更新時の診断書ならば、前回の診断書以降2年間の推移部分だけを書けばよさそうなものなのだが、お役所に提出する書類はそうはいかない。したがって、大半は前回の診断書と同じ文面を書くことになる。
ワープロを使えば、前回の診断書の一部を手直しするだけで作成できる。しかし、私たちのような小さな診療所に置いてあるプリンタは大抵、大きくてもB-4止まりで、A-3用紙に対応したプリンタを持っているところは少ない。A-4、2ページの書式としてくれれば大変助かる。
東京都は手書きの診断書はA-3だが、A-4、2ページのワープロ作成による診断書も受け付けてくれる。これによって、私たち医師の負担は大幅に軽減された。大変ありがたい。しかし、その他の自治体では未だにA-3サイズの診断書を要求してくる。嫌がらせとしか思えない。
そもそも、国単位の法律によって定められている制度なのだから、執行者が各地方自治体だとは言え、診断書の書式は統一すべきではないだろうか。各自治体がばらばらの書式を採用することが、どれだけの余計な出費になっているか考えたことがないのだろうか。
私を苦しめる書類は通院費補助にまつわる診断書だけではない。とても似た書式の障害者手帳申請時の診断書、障害年金申請時の診断書もある。特に、障害年金の診断書はA-3の用紙の裏表ときている。私のパソコンでは作成不能なので厄介なことこの上ない。しかも更新時の診断書でも初回申請時と同様に、発病からの経過を延々と書かせる。馬鹿じゃなかろうか。
なんのために書かされるのかよく分からない書類のひとつに、生活保護者の医療に関して提出を要求される医療要否意見書というものがある。6ヶ月毎に、病状の経過と今後の見込みを書くもので、記入する内容は僅かであるが、これから毎月幾らくらいの医療費がかかるか、見込み額を書かなければならない。占い師ではあるまいし、これから先の費用なぞ分かるはずもない。
福祉をよく知る人にこう愚痴ったところ、「大雑把でいくらでもいいんですよ。10000円でも15000円でも」というアドバイスをもらった。そんないい加減な数字ならば、最初から記入させる必要があるのだろうか。
また、福祉課の担当と一緒に苦労して入院させた患者さんの医療要否意見書も送られてくる。別な病院に入院しているのだから、私に現在の病状やこれからの医療費を問い合わせても意味がないのは分かり切っている。それなのに、無差別に書類を送ってくる。書く意欲をなくす。
いくら書いたって、おそらく誰も読んでいないのだろう。ただ、ちゃんと書類が提出されているのかどうかだけが問題なのに違いない。まさに書類のための書類としか思えない。もちろん、この書式も各区で異なっていて統一されていない。
そうでなくても業務負担が倍増し、疲弊しきっている各自治体の福祉課の職員にとっても、こんな馬鹿馬鹿しい書類は迷惑なはずだ。厚労省は皆を苦しめるようなつまらない書類は即刻止めるべきだ。
なんでも書類さえ整えれば仕事が終わったとするお役所の業務感覚と、縦割りで情報を共有しようとしない役所の慣習が、多くの人にどれだけ無駄な労力を強い、紙資源を浪費しているのだろうか。
地方分権化が叫ばれているが、ばらばらな書式の書類がもっと要求されるようになるのではないかと不安になる。
投稿日:2013年3月18日|カテゴリ:コラム
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