山中教授のノーベル賞受賞の対象となったiPS細胞が世界中で脚光を浴びている。50歳の若さでのノーベル賞受賞は異例であり、それだけ山中教授の業績が偉大だということだ。その理由は、将来iPS細胞が臨床応用されたならば、医療が根本的に変わる可能性があるからなのだ。だから医学研究者の間だけでなく、製薬会社を始めさまざまな分野の企業からも今回の受賞に対して大いなる関心が寄せられている。そんな中、山中教授が思いもかけなかったところでもとんでもない大騒動が起きた。
ことの発端は10月11日発行の読売新聞1面。森口尚史なる人物が山中教授らとはまったく異なる方法によって作成したiPS細胞を世界初の臨床応用として心筋移植手術6例を実施し、その結果を11日にニューヨークで開かれる国際学会で発表すると報じた。
世界中が山中教授のノーベル賞受賞に沸いていた時期だけに、世界中がこのトップニュースに大騒ぎ。大騒ぎと言っても、朗報と捉えるものではなく、多いなる疑惑の声が上がったのだ。
まずは倫理委員会で承認を得て手術がなされたとしていたハーバード大学のマサチューセッツ総合病院が、「森口氏は1999年から2000年までのうちのごく短期間、病院に客員フェローとして在籍していたことがあるが、その後は病院とも大学とも関係がない。また、大学や病院の内部審査委員会が治験を承認したという事実はない。」という声明を発表した。
これを受けて発表する予定であった学会当局が森口氏のポスターを撤去。森口氏自身も学会上に姿を現さなかった。その後、日本の報道陣の追及を受けて、彼の発言の大半が虚偽と判明した。
その後の報道で分かった彼の自称する虚像と、実像を比べてみるとこうなる。
(自称)
東京医科歯科大学医学部卒業。医師免許取得。東京大学で博士号取得。
東京医科歯科大学、東大、ハーバード大学で多数難治手術を執刀。
ハーバード大学医学部客員講師兼東京大学教授
東京大学医学部iPS細胞バンク研究室(森口研究室)室長
日本とアメリカの医師免許を持つ。
Nature,Lncetなどの世界的な一流医学雑誌へ多数の論文を掲載し、国内外から高い評価を受けている。
iPS細胞の分野で山中教授とノーベル賞レースでデッドヒートを繰り広げ、ストックホルムへの招聘も受けている。
ハーバード大学倫理委員会の承認を得て、世界で初めてiPS心筋移植手術を執刀して成功した。患者は元気に社会復帰しており、この結果は近々Nature に発表予定。
現在、アメリカ、マサチューセッツ州ボストン在住。
(実像)
高校生の頃から医学の道を目指す。
京都大学医学部を目指すが、6浪しても果たせず、東京医科歯科大学看護学科に入学。卒業後看護師免許取得。
東京医科歯科大学を始め、多数の医療機関で職場を転々と変える。
むろん医師免許は持っておらず、手術などの医療行為を行うことはできない。
本人以外、両親も周囲に息子のことを医師と吹聴して回っていた。
数年間、期限付きの臨時研究補助員の経験がある。
研究補助院の仕事は主としてエクセルやワードの入力と、研究室の清掃。
ハーバード大学には観光ビザで聴講生として1ヶ月滞在。
現在は東京大学附属病院形成外科において時給940円の研究補助院としてパート勤務。
あくまで実施したと主張する心筋移植手術(これも甚だ疑わしいが)も、医師免許を持たない自身が行ったのではなく、見学しただけ。
現在、千葉県市川市にて木造2階建てアパートで家賃6万円の1K六畳一間で一人暮らし。
大嘘つきというより、現代のドンキホーテ。大法螺(おおぼら)吹きである。それにしても、どうしてこうもすぐにばれる大法螺を吹いたのだろう。iPS細胞はつい2日前にノーベル賞が決定したばかりの分野。世界中の耳目がiPSに集まっているこの時は、法螺を吹くには最悪の時だ。
考えるに、森口氏としては2日前の山中教授のノーベル賞受賞は大誤算であったのではないだろうか。学会発表の期限は数か月前が通例だ。だから森口氏が応募した時点では山中教授の受賞を予想していなかったのだろう。ノーベル賞受賞前であれば、これほどマスコミから注目されずに嘘がばれることもなかったはずだ。
マスコミが彼を取り囲んで、語気荒々しく追及する様子を見ていて哀れに思えた。以下は想像でしかないが、彼のノーベル賞級の虚飾の世界は、おそらく異常なほど強い学歴コンプレックスから発した、ちょっとした嘘がきっかけだったのではなかろうか。
この一家はきっと尚史氏の京大医学部あるいは東大理3進学ということが究極の夢だったのだろう。それが、果たせなかった時に事実を事実として受け止めていればこんなことにはならなかったにたちがいない。親が主導したのか本人が主体なのかは分からないが、周囲に対して東大の医師と吹聴して回ってしまった。この嘘がその後の嘘で塗り固められた人生の根源だったと考える。嘘を糊塗するためには次から次へと嘘をつかざるを得なくなってしまうからだ。しかも、その嘘は徐々に誇大にならざるを得ない。その集大成がiPS心筋移植だったのだ。
彼のこれまでの業績を見ると、iPS細胞とはおよそ縁遠い、医療社会学的なものが多い。こういった分野ではそれなりの研究の一端を担っていたと思われる。、短報、ポスター発表など審査の緩いものであったが、一応英文で著作できる能力も持っているし、それなりの努力家だと思われる。また、科学研究費の援助があったとしても、海外の学会に出席したり、論文を書いたり、相当な時間と金をこの法螺のためにつぎ込んできた。
もし、彼が「優秀な外科医」という子供じみた嘘を吐かずに、現実の自分をあるがままに演じてきたならば、趣味豊かな楽しい生活を送れてきただろう。よき伴侶を見つけて家庭も築いていただろう。それを考えると彼を憎むというより、学歴詐称に振り回されてきた彼の人生が可哀そうでならない。
一方、今回の騒動は学会や研究機関へ重大な警鐘を鳴らした。これほどいい加減な人物が名だたる研究機関で研究員として扱われ、論文に名を連ねていた事実は看過できない由々しき問題である。
研究論文とは一片の虚偽や法螺があってはならない。これまでの彼の論文の共著者となってきた教授達は、単に論文の整合性を確認するだけで安易に共著者として名を連ねた。この行為は研究者としては絶対にあってはならない。ところが、今回の騒動で、このあってはならないことが日常化していたことが判明した。
こういう事態を招く原因の一つは、研究者が誤った観点から評価されることにある。それは今の世、研究の世界で出世していくために、まず業績の数が要求されることである。この傾向は私が大学努めをしていた頃から見られた。
その後、某国立医大の教授になられたO先輩は「今までに自分が書いた物を積み上げると東京タワーより高くなる」と常々自慢されていた。O先生は診察室でカルテの横に原稿用紙を置いて、患者さんの入れ替わりの間にもペンを走らせておられた(当時はワープロなどなかった)。
またある時、「雑誌を読んでいたら、自分と同じ考えを持ったよい論文があった。ところがよく見たら自分が書いたものだった」と笑っておられた。自分が書いたことを忘れてしまうほど、次から次へと論文を書きまくっておられたのである。むろんそんなに次々と新知見が得られるわけがない。縦の表を横に変え、棒グラフを円グラフに変えて書きまくるのである。
もう一つの原因は以前にも述べたスポンサー付きの研究の増加である。紐付きの研究は、スポンサー企業の決算に合わせて結果を要求される。すなわち、単年度で成果を出さなければならないのだ。こうなると研究の質はともかく、とりあえず形だけの研究発表を量産しなければならなくなる。結果、じっくりと腰を据えた奥深い研究ができなくなった。研究の分野にまでグローバル化が波及したと言える。
今回の騒動については、ただドンキホーテを糾弾するのではなく、ドンキホーテを生みだした研究の世界のあり方を問い直すよい機会を与えられたと考えるべきではなかろうか。
山中教授が提唱するチームジャパンによるiPS細胞プロジェクトが数年かけて大輪の花を咲かすことを祈念してやまない。