名門大学の学生や、大相撲の関取が大麻取締法違反容疑で逮捕された報道が相次いで、大麻の乱用が抜き差しならないほど広がっていることが明らかになりました。マンションの室内で大麻を栽培していた大学生が逮捕される現場が映像として報道されて、法の盲点を突いた「種」ビジネスも横行していることが知らされて大きな衝撃を与えました。
実際に違法薬物にかかわる逮捕・起訴件数の年次変化をみると、覚せい剤や麻薬事犯が減少傾向、向精神薬が横這いであるのに対して大麻事犯は年々増加の一途をたどっています。平成15年が2,772件であったのに平成20年は3,832件と大きく増加しているのです。
大麻の乱用は麻の花冠や葉を乾燥させたり 樹脂化、液体化させたものを摂取することによって行われています。燃やしたり炙ったりして煙を吸う、あるいはそのまま食べたり、他の食品に混ぜて食べたりして経口的に摂取します。
ところで、大麻とは洋服の材料に使われる麻とどこが違うのでしょうか。実は大麻と衣料品でその繊維が使われる麻との違いは根本的にはありません。また、「錦松梅」という老舗のふりかけの中に麻の実が入っているように、我が国では古くから食用に供されてきました。また、医師会の神道に詳しい仲間の話によると、神官がお払いの時に用いる「おおぬさ」は漢字で書くと「大麻」で、麻の繊維で織られたものです。つまり、麻は古くから私たち日本人の生活に根付いていた植物です。
このように麻は実用植物なので、他の乱用物質と同じ法律では規制できないのです。このために大麻の取り扱いを学術・研究および繊維や種子の採取だけに限定して免許制にしました。こうして、従来から麻の栽培で生計を立ててきた農業従事者を救済した上で無免許での大麻の所持、栽培、輸出、輸入を禁じたのです。
それでも種子が食用に使われるために、種を所持しているだけで処罰されるならば、「錦松梅」を買うと逮捕されてしまうことになってしまいます。そこで規制対象から種子を除外して「大麻およびその製品」としました。この盲点を突いて冒頭に書いた種子ビジネスが横行しているのです。
大麻はその剤型によって呼び名が異なります。花冠や葉を乾燥させたものをマリファナと呼びます。これをパイプに詰めたり紙で巻き(ジョイント)、火をつけて煙草のようにその煙を吸うやり方がもっともポピュラーな大麻の摂取法です。押収大麻の8割近くがこの乾燥大麻、マリファナです。
ハシシとは花冠や葉からの樹液を圧縮して固形の樹脂状に加工したものです。ハシシのほかにハッシッシ、ハシシュ、チョコ、チャラスといった呼び名もあります。この樹脂を乾燥大麻と同様に火で炙って煙を吸います。
乾燥大麻や樹脂大麻にアルコール、エーテル、ブタンなどの溶剤を加えて主成分を抽出した液体大麻をハシシオイル、ハシシュオイル、ハニーオイルなどと呼びます。これは煙草などに浸み込ませてから火をつけて煙を吸うとマリファナやハシシと同じ効果が得られます。
大麻草からは多くの特異的な化学成分が分離されていますが、この中で精神機能に作用を引き起こす物質はテトラヒドロカンナビノール(THC)です。THCは幻覚や妄想を生じ、気分、情動、感覚、知覚を変化させ、長期に連用する幻覚や妄想が後遺症として残るとされています。
しかし、純粋に学術的な論文や医学書を読む限り、幻覚や妄想を引き起こすことはほとんどありません。気分、情動、感覚、知覚に対する作用はあるものの、その程度はアルコールよりも弱いと考えられます。THCの薬理作用を誇張して発表する報告には、大麻取締法を前提に、大麻を危険物質として啓蒙しなければならないという政治的な思惑が加わっていると言わざるを得ません。
THCは動物には一般的に鎮静的に働きます。睡眠時間を延長したり、刺激に対する反応を抑制します。人に対しては一般的に多幸感を生み、リラックスさせて眠気を生じます。記憶力を低下させて、まとまったことを遂行する力が低下します。非常に大量摂取した場合には幻覚・妄想や離人感が出現しますが、通常の摂取でそういった重傷の精神症状が起こることは稀です。身体的には心拍数の増加と結膜の充血がよく見られますが、重篤な身体症状がみられることはめったにありません。
大雑把に言うと、大麻の作用はLSDや覚せい剤などの中枢神経系を刺激する薬とは異なって、抑制性の薬物であるアルコールと似ています。そしてその作用の強さは合法的に販売されているアルコールよりも弱いように思います。耐性はほとんど発生しませんので身体依存はありませんし、精神依存もコカインや覚せい剤は言うに及ばず、アルコールよりも弱いのです。
一方、最近は大麻成分の臨床的な有用性が報告されて注目を集めています。たとえば、難病の一つ多発性硬化症の痙縮、疼痛、排尿障害、睡眠障害を高率に改善するという報告があります。大麻はまた、HIV感染症、すなわちAIDSの症状や治療に用いる抗ウイルス薬の副作用の緩和に効果があります。さらに、癌患者の食欲増進や疼痛緩和にも効果が証明されています。このために、カナダ、オランダをはじめ先進各国の間で大麻の臨床適用と大麻成分を用いた治療薬が開発中です。
私は大麻の乱用を勧めているのではありません。法律で禁じられていることを敢えて犯すことは許されません。ただし、法律、法律と大上段に振りかざしますが、法そのものが、所詮あさはかな人間が考え出したものなのですから、時々、立法の精神に立ち戻って考えてみる必要もあるのではないでしょうか。
薬物の使用を法で規制する目的は、その薬物の使用が個人および社会に多大な弊害を与えることを防ぐことのはずです。今まで述べたように大麻は摂取した本人にこれといった重篤な健康被害を起こすことはなさそうです。
社会に対してはどうでしょう。こちらは確かに害悪を及ぼしています。なぜならば、大麻の違法取引が暴力団や一部犯罪者たちの資金源となっているからです。しかし、このアングラ商売を成り立たせているのは、ほかならぬ大麻取締法の存在です。大麻を法律で規制するから違法ビジネスが成立するのです。大麻取締法で規制しなければ、放っておいても自生する麻にそれほどの商品価値は生まれないのではないでしょうか。
大麻を吸煙で精神に変容をきたして、覚せい剤の場合のように人を殺めたという話を聞いたことがありません。酒という名前で大手を振って売られているアルコールの方がはるかに頻繁に車で人を引き殺したり、興奮して傷害事件を引き起こします。
このように書くと、またしても私が大麻解禁論者であるかのように誤解されるかもしれませんが、大麻容認を主張しているのではありません。薬物に対する法律上の取り扱いが科学的な根拠と大きく乖離していることが問題だと言っているのです。
医学的にみてそれほど害悪があると思えない大麻を、極めて毒性が強くて個人に対しても社会に対しても危険な影響を与える覚せい剤などと同等に規制することはいかがなものかと言っているのです。
少しでも身体に悪いものは禁止した方がよいと言う意見がありますが、もしそうならばアルコールはもっと厳しく取り締まるべきでしょう。また、味噌も糞も十把一絡げに禁止することは、一見危険防止に役立っているかのように思えるでしょうが、実は反対に強毒の薬物に対する敷居を下げる危険があります。覚せい剤も大麻と同じ程度の毒性しかないと、高をくくってしまう人が出るからです。
ゲートウェイ(踏み石)理論といって、大麻自体は毒性が少なくても、それを使用することがより強毒のヘロインや覚せい剤乱用への入り口になると言う説が大麻規制論の根拠の一つになっていますが、その後数多くの追跡調査ではこの理論に否定的な結果が得られています。
ともかく体に良くない可能性がある者は取りえず禁止しておけばよいと安直な姿勢を改めて、アルコールを含めて依存性薬物に対する法的対処について、科学的な根拠を基に公正に再検討する必要があると考えます。その際、現在版魔女狩りの様相を呈している煙草についても、感情的に流されないフェアな検討をしていただきたいものです。