お正月も終わり、通常業務に戻りました。そこでこのコラムも昨年に引き続いて「薬物依存」の話に戻ります。
我が国では北朝鮮からの覚せい剤の流入が社会問題となっていますが、アメリカではコロンビアからのコカイン密輸が大問題です。アメリカは軍を派遣してこの犯罪シンジケートを壊滅させるべく銃撃戦や空爆を行ったほどです。
コカインとはコカノキに含まれるアルカロイドです。粘膜表面に浸潤して知覚神経末端の興奮を抑制する局所麻酔作用があります。一方、中枢神経には興奮的に作用して精神を高揚させる働きがあります。爽快感と快感が得られます。このために、薬物依存症の原因になります。
コカイン摂取時の精神高揚作用はとても強力なので極めて精神依存が形成されやすいのです。一方、身体依存はほとんどなく、禁断症状は起こりませんが精神依存の強さは依存性薬物の中でもトップクラスなので、一度手を出すとやめられないようです。
中枢作用は覚せい剤(アンフェタミン、メタンフェタミン)によく似ており、脳内のドーパミンの活性を高めることによって快感を与えます。覚せい剤よりも効果が強く、作用時間が短いので覚せい剤以上に依存しやすいと追えます。ただ、覚せい剤よりも高価だったので、アメリカではハリウッドのセレブやIT長者などのお金持ちはコカイン、若者や貧乏人は覚せい剤にという棲み分けができていました。「依存性薬物の王様」と言われた所以です。
コロンビアマフィアが資金源として目をつけて供給量が増えたために、最近では末端価格が下落して貧困層や若者の間にも広く蔓延して一層深刻な社会問題となっています。
ところで、コカインはペルーやボリビアでは昔から日常的に摂取されています。コカの葉の干したものに熱いお湯を注いで飲むコカ茶です。両国のように標高が4,000メートルを超える高地で生活する者にとってコカ茶は高山病の予防、改善に不可欠のようです。
また、コカインを摂取することによって恐怖感をなくし、疲労感を薄れさせ、空腹感を忘れさせ、眠気を飛ばすという効果があるために、貧しい鉱山労働者はコカの葉を噛むことで危険で過酷な労働を続けることができるという悲しい理由もあるようです。
ただ、乱用目的で使うコカインの作用をコカ茶で得ようとするとトラック1台分の葉を必要とすると言われています。これは少し大げさで、少量とはいえコカ茶にも依存作用はあると思うのですが、特に社会生活に支障をきたすことはありません。
世界的飲料のコカコーラの中にコカインが含まれているかどうかは以前から論争の的でした。正確な成分は企業秘密で明らかにされていませんが、以前は確かにコカインが含まれていたようです。
コカコーラはジョージア州アトランタ在住の薬剤師、ジョン・S・ペンバートンが1885年によって精力増強や頭痛の緩和に効く薬用酒として売り出されたフレンチ・ワイン・コカが元になっています。
ペンバートンは南軍軍人として南北戦争に参加して負傷し、モルヒネ中毒になっていました。自身のモルヒネ中毒に治療効果があると考えられていたコカインをコーラのエキスとワインに調合して売り出したのです。しかし、コカイン依存が問題となるとともに禁酒運動が広まって売れ行きが鈍ってきた折も折、たまたま間違って炭酸水を混ぜてしまったものをコカ・コーラと名付けて売り出したところ、爆発的な売れ行きとなってアメリカ中で愛飲されるようになりました。1886年に発売されたコカ・コーラはしばらくはコカインが含有されていましたが、1903年にアメリカ国内でコカイン販売が禁止されたためにコカの葉からコカイン成分を取り除いて、代わりにカフェインを調合するようになりました。
それでも香料の一部はトップシークレットであり、一度飲むと病みつきになって世界中にコーラファンを増やしていくために、今でもコカインが混ぜられているのではないかという噂が絶えません。
タイで開発されてオーストリアの会社が日本を含む世界中に売り出している「レッドブル」というスタミナドリンクがありますが、昨年このレッドブル・コーラから微量のコカインが検出されてドイツでは販売禁止となりました。
先ほど述べましたように、コカインは非常に強い中枢興奮作用と依存性がある物質ですから、コカインを含む飲食品を口にすると知らない間に依存性が形成されてリピーターになる可能性があります。コカインは利益追求に躍起となる資本家にとって悪魔の誘惑物質と言えるでしょう。
極微量の成分を飲んでも乱用者が求めるような快感は得られません。乱用者たちの摂取方法の多くは粉末を鼻粘膜に擦りつけ吸引する経鼻的吸引でした。しかし密輸量が増えて価格が下落したために、売人たちは低価格でより強烈な薬理作用を求めてこの粉末に重炭酸ナトリウム、水を混ぜて加熱することによって純度の高い塩酸塩を作り出すようになりました。これが「クラック」です。
クラックは無色の結晶で、火であぶってその煙を吸うという方法で用います。火であぶる時にパチパチという音がするところから「クラック」という名前がつきました。この方法で摂取すると作用発現が速くて効果が強く、吸煙後十秒余りで精神が高揚します。一方、作用持続が10分~20分と短いために、粉末コカインの乱用よりもさらに強い依存作用が生じます。
クラックの登場でそれまで富裕層だけの乱用であったコカインが爆発的にあらゆる年齢層、社会層に広まりました。この結果、依存性の点では王の地位に揺るぎがないものの価格の点では王様とは言えなくなったのです。
これまで説明したように、コカインの薬理作用は中枢神経を興奮させます。覚せい剤と同じ中枢刺激薬なのですが、我が国では本来中枢抑制薬を対象とした麻薬及び向精神薬取締法で規制されています。輸入、輸出、製造、製剤、譲渡しが禁止されて言います。
我が国ではまだコカインの乱用は欧米と比べるとかなり少ないと言われていますが、覚せい剤乱用者の多くがコカインにも手を染めるようになります。昨年世間をお騒がせしたのりぴーと押尾の二人もコカインをやっていたようです。今後、クラックコカイン乱用が社会問題となる日もそう遠くないように思います。