投稿日:2009年12月21日|カテゴリ:コラム

酒井法子と押尾学は二人とも違法薬物を所持、使用したとして逮捕、起訴されて有罪の判決を下されましたが、二人が問われた罪は異なっていました。酒井法子は覚せい剤取締法違反であり、押尾は麻薬及び向精神薬取締法違反でした。この違いは対象薬物が違っていたことによります。
酒井が所持して常用していた薬物は覚せい剤で、押尾はMDMAという薬を使用していたことで罪に問われたのです。覚せい剤は古くから違法薬物として名前を轟かせていましたから知らない人は少ないのではないかと思います。一方、押尾の使っていたMDMAの名前を聞いてすぐにカラフルな小さな錠剤を思い浮かべることができる人はかなりの「くすり通」です。一般の人にはまだあまりよく知られていません。

MDMAとは3,4-methylenedioxymethamphetamineの略語です。アンフェタミンやメタンフェタミン類似薬ですから、薬理学的には覚せい剤と同様、中枢神経刺激薬に分類されますが、我が国の法律では麻薬の仲間に入れられており、麻薬及び向精神薬取締法による規制対象薬物となっています。
MDMAは医薬品としては製品化、実用化はされませんでしたが、1912年にドイツのメルク社が食欲抑制剤(やせ薬)として開発した薬物です。ところが、1970,80年代にアメリカの精神科医がPTSD(外傷後ストレス障害)の治療薬として盛んに用いました。
なぜならば、PTSDは過去に体験したいやな出来事をあるがままに受け入れることができないために起きてくる精神障害です。ですから通常のカウンセリングではその事実がなかなか意識の上に思い起こされることが困難です。ところが、MDMA服薬下でカウンセリングを受けると、意識下に覆い隠され続けてきた辛い体験も容易に思い出して、事実として受け入れることができるようになり、症状が大幅に改善することが分かったからです。
今ではアメリカでも法による規制対象になって精神科医療の現場で使用することはできませんが、今でも精神科医の間にはMDMAの治療効果を主張する者が少なくありません。
この薬が乱用の対象として用いられるようになったのは1980年前後からです。仲間内のパーティーで盛り上がる目的や性的快感を高める目的のレクレーション・ドラッグとして、「エクスタシー」の通称でダンス音楽の流行に乗って広まっていきました。
この薬が好まれる理由は「他者との共感」という幻覚作用に負うところが大きいようです。カウンセラーとの関係がより強固なものとなってカウンセリングが円滑に進められるということは、相手との共感性が高まるためです。この効果は何もカウンセリングの場だけに限られるわけではありません。したがって、複数の人間で使用すると他者との共感性が高まって、内面的な連帯感が強くなります。
もともと名前が示すように化学構造的にはmethamphetamine(覚せい剤)に似ていますから、脳内の報酬系として知られるドパミンの放出を促進して快感を与え、覚醒作用があります。またMDMAはドパミンに加えてセロトニン系も刺激します。こういった薬理作用によって多幸感、他者との共有感という幻覚体験を起こすことが集団での乱用に用いられる理由です。さらに比較的廉価な錠剤の内服という簡単な摂取方法もパーティードラッグとなった一つの理由かもしれません。

今述べた作用を示すだけならば、アルコールと同じように人間関係を良くする小道具として有用に思えるかもしれませんが、そううまくはいきません。ドパミン系やセロトニン系が異常更新しますから、不整脈、異常発汗、高体温症という重篤な症状を引き起こします。
押尾は相当長期間にわたってこの薬を使用していたと思われますから、この薬の危険性も熟知していたはずです。それにも関らず、大量摂取を勧めて(密室での事件だったことをよいことに本人は否定しています。まったく卑劣なやつです)、副作用が現われても自己保身のために放置したのですから、保護責任者遺棄致死罪どころか過失致死罪に問われてもよいような気がします。
この他、低ナトリウム血症、急性腎不全、横紋筋融解症などでの死亡もありますし、不安性障害、被害妄想、抑うつ気分、睡眠障害、記憶障害、衝動性の亢進、集中困難といった後遺症が残ることも少なくありません。
さらに現実にブラックマーケットに出回っているMDMAの多くは3,4-methylenedioxymethamphetamineの純正品であることが稀で、不作為あるいは作為的に不純物や他の成分が混じっています。このために予想外の重篤な副作用が出現する可能性が高いのです。中でも、より強い刺激を引き起こすために覚せい剤が混合されていることが多く、その場合には脳を致命的に破壊して重大な後遺症を残すことになります。なお、覚せい剤成分が多い剤型の場合には覚せい剤取締法による処罰対象となります。

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