平成13年に新設され、一昨年6月に改正された危険運転致死傷罪によって飲酒運転による重大事故は急激に減少しています。アルコールの血中濃度を下げるための時間稼ぎのために轢き逃げ犯が増えて、一部には「逃げ得」という矛盾した結果を生む場合もありますが、飲酒運転に起因する死亡事故は平成17年には十年前の半分になりました。
代って、高齢運転者による重大交通事故が社会問題化されてきました。免許保有者1万人あたりの死亡事故数は若い人たちの中では最も事故割合の高い16歳~24歳でも1.4件なのに、75歳~79歳は1.6件、80歳~84歳では2.3件、85歳以上では4.2件と年齢とともに死亡事故に関係する割合が高くなっています。
特に第一当事者(過失の最も重い者)として65歳以上の高齢運転者が死亡事故に関わる件数が顕著な伸びを示していて、平成17年度においてすでに全死亡事故件数の16.9%を占めることになっていました。
しかも、社会全体の高齢化に伴って、高齢者の運転免許保有者数も年々増加の一途をたどっています。平成17年度には65歳以上の運転免許保有者が1000万人近くに達しました。現在はとうに1000万人を超えていいます。
このような高齢運転者の引き起こす交通事故を分析すると、高齢者の運転には信号無視や一時停止違反、蛇行・ふらつき運転、進路変更の合図をしない、アクセルとブレーキを踏み間違える、などといった特徴があることが分かりました。さらに検討を進めますと、こう言った不適切な運転の背景に認知機能の低下があることも分かりました。自分が危険な運転をしていることを自覚できていない方が多いのです。
認知症の有病率から単純計算すると、全国で約30万人の認知症の免許保有者がいる計算になり、きわめて由々しき社会問題として取り上げられるようになりました。
これを受けて警察庁では不適切な運転をする高齢運転者に対して、認知機能を判定する検査を義務付けて、もし認知症と診断された場合には免許取り消しの行政処分をするべきだと考えました。
具体的には、本年6月1日から免許更新手続きや交通取り締まり、事故処理の現場において認知症を疑われる人に対して、専門医による診断(臨時適性検査)または、かかりつけ医による診断書の提出を義務付ける道路交通法の改正を行いました。
処分の基準は
1.アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症および6か月以内に回復の見込みがない認知症の場合には免許の取り消し。
2.6か月以内に回復する見込みがある認知症の場合には6か月以内の免許の取り消し。
となっています。
そして、認知症の疑いをスクリーニングする検査として以下の3つの検査項目から成る簡易検査をします。
時間見当識:検査時の年月日、曜日および時間を回答する。
手がかり再生:一定のイラストを記憶して採点には関係しない課題を行った後、記憶しているイラストについて回答する。
時計描写:時計の文字盤を描いてさらにその文字盤に指定された時刻を表す針を描く。
この高齢者講習予備検査の内容は医療現場で一般的に行われてきた簡易認知機能検査の一部を抜粋加工したものです。したがって、この検査の点数は信頼性、妥当性共にある程度保証されていると考えます。
しかし、私は今回導入された検査は通常の日常生活を送る上での認知機能を測定する検査としてはよいですが、車の運転を許可するか否かを判定する検査としては易しすぎると考えます。
日常の生活ではちょっとした失敗は許されます。しかし車はきわめて危険な殺人兵器とも考えられます。このような重大な自傷・他害の恐れがあるものの使用許可に際してはより厳しい判定が必要ではないかと考えるからです。
私の身近にもかなり危ない運転をしている高齢者の方がいます。今のところ非常に幸運なことに重大な事故には結び付いてはいませんが、いつ死亡事故の第一当事者になるのではないかと心配です。また、事故の当事者にはならなくても、間接的に周囲の車の重大事故を誘発する原因になる可能性が高いのではないかと憂慮しています。
その人の運転には次のような傾向が見られます。流れに乗れず極端に低速で走行する。高速道路での車線変更を避けるために低速にも関わらず追い越し車線を走り続ける。高速道路に進入する際に適切なタイミングで決断できないために車列が迫っているのに進入したり、逆に絶好のタイミングなのに進入路で止まってしまう。車幅感覚が鈍っているために路側に駐停車する際、充分に左側に幅寄せできないで走行車の障害になる。視野が狭く後方から車が迫っているのにのろのろと車線変更する。必要もない状況でブレーキを踏む。
ところが、困ったことに自分は安全運転をしていると固く信じており、自分が原因で道路全体の円滑な流れを障害している自覚が全くありません。いくら周囲が運転を止めるように説得しても頑として応じません。もしこの方の車両を避けるために周囲の車が無理をして、その結果重大事故が発生したとしても、ご本人は自分とは関係ないと信じて疑わないでしょう。
このように、重大事故の大元にはなっているのに本人はまったくそのことを自覚せず、処罰の対象にもならないため事故統計にも表れない高齢運転者が、実は相当いるのではないかと思います。にもかかわらず、こういう方が今回の簡易検査で認知症と判定される確率は低いのです。
車の運転には認知機能だけが要求されるわけではありません。認知するための情報を収集するための知覚機能、また認知機能で適切と判断した行動を遂行する運動機能が適切に機能する必要があります。
残念ながら、年をとって高齢になると認知機能はきわめて優秀であっても知覚機能と運動機能は確実に衰えます。耳が遠くなり、視野が狭くなります。また、中心視力においても遠近を判断するための深視力が低下します。
運動機能はどうでしょう。筋トレでいくら見かけの筋肉を保持しても俊敏な運動はできなくなります。また脳の反射時間も確実に延長して瞬間的、反射的な動きが遅くなります。
このような加齢変化は平穏な日常生活においてはそれほど困らないかもしれません。しかし、安全な運転をするためには欠かせない能力です。どれ一つ欠けても事故の危険性が増します。
認知機能はとても個人差があり、若くから低下する人もあれば、90歳過ぎても的確な情報処理をすることができる老人もいます。でも思考、判断のスピードはどんなに優秀な老人でも遅くなります。つまり、認知症ではない正常な加齢でもすべての領域でスピードが落ちるのです。
会社の経営に関する総合的な判断などは書斎で熟考すればよろしいのですが、運転だけは想定外の状況に対する瞬時の判断が必要です。ですから私は、認知症であるか否かという、ご本人のプライドに関わる基準ではなく、むしろ一定の年齢になったら免許を与えないというやり方の方が良いのではないかと思います。
ただ、地方の過疎化に歯止めが掛からず、人里離れた村落に高齢者だけが取り残されている状況です。そして、経営悪化から路線バスが次々と廃止されています。こういった地方に住むお年寄りにとって車は命をつなぐために欠かせない唯一の交通手段である場合が少なくありません。
もしこのような限界集落に住むお年寄りが車を取り上げられたならば、食料の補給や病院通いもできなくなってしまいます。一概に全国一律で高齢者の運転免許更新を中止するわけにもいかないようです。
しかし、少なくとも東京のような都会に住んでいればJR,地下鉄、バスを利用すれば行けない所はほとんどありません。しかも渋滞した道を運転するよりもはるかに短時間で目的地に着けます。
お金に余裕のある方は今まで車を運転して行っていた場所を全部タクシーで行くことにすればよいのではないでしょうか。車を維持するためにかかる経費(ほとんどが税金)やガソリン代(こちらも半分以上が税金)が高い我が国ではそういった出費が無くなれば、毎日タクシーを使っても絶対にお釣りが出ます。
法律による規制は別として、私は声を大にして「大都会に住む人は70歳になったら自主的に免許証を返納しましょう」と提言します。
死亡事故を起こせば、たとえ保険で莫大な補償金を支払えたとしても、亡くなった命が蘇るわけではりません。お金だけでは責任を果たすことはできません。また、その責任は自分だけが負えば済むわけではありません。大事な子孫にも多大な迷惑をかけます。
長い間一生懸命まじめに働いて、築いてきた平和な家庭が一瞬で崩壊します。晩節を汚すことなく見事に人生の幕を下ろすために、是非とも潔く車とお別れしましょう。