投稿日:2009年3月16日|カテゴリ:コラム

今日、司法精神医学の講習を受講してきました。平成17年7月に「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察に関する法律」、通称「医療観察法」が施行されました。人権にかかわる重大な法律であるにも関わらず、充分な検討を経ないままに拙速に制定された法律です。
その結果、受け入れ機関は平成19年7月の段階で10ヶ所と国が予定していた24か所には遠く及ばない状況です。法の運用にも不備が多く、「罪を犯した精神障害者を、特別の治療施設に隔離して特別に治療し、再び罪を犯すことのないようにする」という法の精神が実践されているとはとても言えない状態です。
一方、国家はこの保安処分的性格の強い法律の拡大適用を画策しています。この法律が国策司法機関である検察によって乱用されれば、時の国家権力に対して反抗的な思想の持ち主に精神障害者とのレッテルを貼り、強制的に社会から隔離する恐怖政治の手段として用いられる恐れがあります。
また、間もなく開始される裁判員制度によって、この法律の扱いがどのように変わるかも気にかかるところです。
こういう点から、最近精神科医の間では司法精神医学に関する勉強会がよく開催されるようになりました。

この医療観察法に関して述べると、堅苦しくてややこしいことを延々と書き連ねなければなりませんので、今回は止めておきます。ただ、今日の講義で得た知識の中に皆さんの興味を引くと思われる事項があったので、それについて少しお教えします。
触法患者(罪を犯し医療観察に処された精神障害者)の精神症状や性格特徴をさまざまなパラメーターから採点して数学的な手法で解析すると、かなりの確率でその人の再犯危険性が予見できるということなのです。
一群の人はどんなことをしても矯正が困難で、社会に戻れば再び犯罪を繰り返すことが予想されます。そういった累犯の可能性の高い人はやはり一生社会から隔離しておかなければならないのかもしれません。
人間的な情操が欠如して暴力的なエネルギーの高い人が矯正困難ということは容易に理解できますが、知能が高いほど重大犯罪を犯しやすいし、犯を重ねるたびに巧妙かつ悪質な犯罪に手を染めるようになるということを忘れてはいけません。
さらに、最も危険な人は、今言った要素に加えて一見爽やかで気さくな、いい人らしさを備えている人なのだそうです。この凶悪犯の要素を全て備えている例としてアドルフ・ヒトラー、麻原彰晃などと共に現在上告中のIT界の風雲児と言われたH氏の名前もあがっていました。
但し、このように根っから極悪犯の要素を持って生まれた人の全員が、必ず犯罪を起こすとは限らないのだそうです。そういう人でも運よく、人間性が欠落していた方が円滑に業務遂行できる仕事に就いた場合には、有能な社会人として、破綻せずに一生を過ごすことがあるのです。むしろ人の記憶に残るような活躍をする場合も珍しくないそうです。この話を聞いて、今まで頭の中におぼろげに考えていたことがはっきりとした形になりました。
というのは、中国の古典に出てくる理想の君子像は、容姿端麗で才能に恵まれるとともに人格も円満な人物として描かれていますが、現実の世界で人気の高い英雄、カリスマ性の高い教祖や伝説的な詐欺師、極悪人は皆君子像とは程遠い人物です。どちらかというと一見、梲の上がらない、平平凡凡とした男女であることが多いのです。しかも、結構、我が儘だったり、癇癪持ちだったり、好色だったりと欠点も数多く目立つのですが、どこか憎めない可愛げがあるために人が付いて行くように思います。
アドルフ・ヒトラーもドイツ人にしてはちんちくりんの小男です。麻原彰晃も逮捕されるまではとんでもない馬鹿だとは思っていましたが、どこか憎めないキャラクターと感じていました。最近また何食わぬ顔をしてテレビに露出しているH氏にも確かにざっくばらんでなんとなく親近感を抱かされてしまいます。この「良い子仮面」の可愛げこそが、多くが人を操作されてしまう最も危険な要素なのでしょう。
ある高僧が「人の幸せとは次の四つである。愛されること、褒められること、役に立つこと、必要とされること。」と言っています。このうち、愛されたり褒められると幸せに感じることは言うまでもありません。しかし、いくら一方的に愛され、褒められても、それは受動的な幸せしか与えてくれません。翻って、自分がその人の役に立ち、必要とされなければ能動的な幸せを掴むことができないのです。つまり、完璧な相手ではその人の役に立つことも必要とされることもありませんが、白壁微瑕どころか瑕が多ければ多い人ほど周囲の人が役に立ち、必要とされる場面が増えて、その結果周囲の人に幸福感を与えるのです。
この点、今のところ犯罪者とはなっていませんが、小泉元総理も情性が欠如し、暴力的な傾向があり、知能が高く、可愛げがある、このタイプの人間であったのではないでしょうか。彼が行ってきた政策は多くの人を苦しめてきたにもかかわらず、今をもって異常な人気を保っています。その異常な人気の基は偏に可愛げにあったように思います。極悪人のすべての要素を兼ね備えていながら、目につく罪を犯さないでいる人物の好例かもしれません。
小泉さんは別にして、今名前を挙げた、歴史に名を残す犯罪者の面々に、もし可愛げという一点が欠けていれば、単なる鼻摘み者として相手にされず、したがってあれほど大きな犯罪にならなかったのではないかと思います。

さて、現在までに6000近くも打ち上げられて、今や宇宙空間における過密状態が取りざたされている人工衛星は、もはや打ち上げそのものが話題になるような時代ではなくなりました。ところが、約3週間後に予定されている発射に対して世界中の耳目が集まっています。なぜならば、13番目の人工衛星保有国になると喧伝しているのが、ブッシュ前大統領が「ならず者国家」と呼んだ北朝鮮だからです。
世界中の誰もがこのロケットの先端に人工衛星が搭載されているとは努々信じてはおらず、大陸間弾道ミサイルの発射実験だということに疑いを抱いておりません。ですから、再び険悪な関係に戻った隣国の韓国。頭上を脅かされて、技術水準が低いロケットが国内に落ちてくるかもしれない危険に直面している日本。自国を射程圏内にとらえられるかもしれないアメリカなどが猛反発するのは当然です。3国は足並みを揃えて、もし発射されれば迎撃ミサイルを撃ち落とすと表明し、発射の中止を促しました。しかし、本当に発射された場合、具体的にどう対処するかについては苦慮しており、未だ結論を出せぬ状態であるようです。
なぜならば、これまでの北朝鮮の所業の数々から言って、北朝鮮の人工衛星発射という主張が真っ赤な嘘であることは十中八九間違いないのですが、とは言え、飛行物体がミサイルであることの確証を示せないままに撃ち落とした場合には、やはり一方的で行き過ぎた敵対武力行為という誹りを免れません。ところが、ロケットを打ち上げた直後に、その先端が宇宙を目指す人工衛星なのか、はたまた太平洋を越えてアメリカ本土を目標とした弾頭なのかを見極めることは極めて困難だからです。これをいいことに北朝鮮は「もし迎撃すれば、それを宣戦布告と見なす」とさらなる脅しをかけてきています。
中国やロシアが迎撃に反対の態度を表明した現在、3週間後の対応は極めて難しいものとなっています。またもや北朝鮮の思惑通りにミサイル発射に手をこまねいて傍観するしかないのかもしれません。
私たちはこれまで何度も北朝鮮に庇を貸して母屋を取られてきました。旱魃で餓死者が出ているから食糧寄こせ。誘拐した者を返すから金寄こせ。原子力発電所を閉鎖するから重油をよこせ。等々です。
今回もまた、ミサイルという名の出刃包丁をちらつかせながら「これは傘を作るための道具だ」と言い張って庇を貸せと要求しています。しかも、「庇を貸さなければ戦争という名の鉄槌を持ってきて母屋をぶち壊すぞ」と脅迫しているのです。韓国や日本にとって今の状態は正に「前門の虎、後門の狼」と言えましょう

今や国家の体をなしていない北朝鮮。度重なる犯罪を繰り返す処遇困難な犯罪者みたいな存在ですが、極悪人になるための可愛げが欠けているので鼻摘みのならず者にしかなれません。世紀の犯罪者とはなれなくとも、もう嫌というほど悪行を繰り返していて悔悛の兆しが見えません。
今日の講師の先生が言っていました。「根っからの悪人には事の善悪を基準にした矯正は通じない。損得からの矯正に一縷の希望がある」と。
北朝鮮も、まだ何とか国としての寿命があるうちに、国際社会の中で共生する方が得であることに気付いて欲しいものです。

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