投稿日:2008年10月27日|カテゴリ:コラム

私が常に批判の対象としてきた小泉純一郎が政界引退を表明しました。ここしかないという憎らしいくらいのグッド・タイミングで。
私は非難ばかり繰り返していましたが、小泉という男は言うまでもなく異能であります。彼の持つ優れた能力と言えば、1.的を射たように見せかけて、実は中身が空虚なキャッチコピーを思いつく脚本能力、2.タイミングよく向こう受けする言動をする演出能力、3.飴と鞭を使い分ける人事管理能力、4.都合の悪いことはすぐに忘れる忘却能力、5.人と妥協しようとはせず、孤独に耐える自閉能力、6.風を読み、危機を感じとる動物的嗅覚等々、枚挙にいとまがありません。

ここであらためて、1,980日に及ぶ小泉政権のなしてきた政策を私なりに検証してみたいと思います。彼の業績あるいは国民に提示したスローガンを列挙してみると
1.「自民党をぶっ壊す」、「派閥の解体」、「官僚支配政治からの脱却」
2.金融機関の不良債権処理
3.郵政民営化
4.アメリカ型市場万能主義経済理念に基づくあらゆる領域での規制緩和
5.聖域なき構造改革による財政再建
6.イラクへの自衛隊派遣とインド洋における給油活動
7.2度にわたる北朝鮮訪問
8.靖国神社公式参拝
などになると思います。

1.「自民党をぶっ壊す」、「派閥の解体」、「官僚支配政治からの脱却」
派閥の解体は実質的にある程度なされたと考えます。小泉が派閥からの推薦に因らない組閣人事を貫き通したことで、派閥の領袖の威光はそれまでに比べて大幅に低下しました。ただ、派閥の力が低下した遠因は、遠く1994年に細川連立政権下において現在民主党党首である小沢一郎が中心となって導入した衆議院議員の小選挙区比例代表並立制にあります。
それまでは名実ともに各省庁の官僚が握っていた政治の主導権を削いで、国務大臣主導の国政のシステムを作り、任期中首相官邸から国民に対して国政の指針を発し続けたことも評価に価する点だと思います。しかし、したたかな官僚機構は実質的な既得権益は形を変えて保持し続けました。また小泉以降の2つの政権がいずれも短命に終わったために、すぐに官僚の力に依存するシステムに逆戻りしてしまいました。
「自民党をぶっ壊す」というフレーズは国民を熱狂させた一言でしたが、これは全くのレトリックでした。彼の演出によって、自民党はぶっ壊されるどころか大躍進して単独で衆議院の2/3を占める勢力を確保しました。

2.金融機関の不良債権処理
バブル崩壊に伴って銀行が抱えていた不良債権に対して税金を投入して金融不安を回避した点については一定の評価がなされるべきだと思います。あの時点で不良債権処理が完了していなければ、先日来止まるところを知らない、リーマン・ブラザーズ破算に端を発した世界同時金融不安に、我が国の経済はもっと大きく翻弄されていたと思います。
しかし、あの不良債権処理はあいも変わらずアメリカからの要請を従順に引き受けてなされたもので、国民の税金を使って債務処理して再生した銀行を安い値段でアメリカの資本に売り飛ばしてしまいました。私が小泉、竹中を詐欺師、国賊として糾弾する理由の一つです。グローバリゼーション、民営化、競争原理などの言葉を弄して、アメリカが我々日本国民の財産をかすめ取る行為の手先をしていたからです。
あの時に銀行救済のために支払った国民の税金はいまだに返済されていませんし、不良債権処理後に大手銀行の経営は安定したにも関わらず、私たち一般庶民には政府も銀行も何の還元もしていません。やらずぶったくりです。

3.郵政民営化
これもアメリカのリクエストをこれ幸いと、彼が郵政大臣になった時に冷遇されたことに対する私怨を晴らしただけの政策だと思います。彼は「郵政民営化なければ霞が関改革はあり得ない。」と言い切りましたが、まったくの嘘です。郵政省は霞が関伏魔殿の不透明な金の入口の一つであり、問題はむしろその不透明な金の出口、使われ方にあったわけです。しかしながら、彼はそちらの方にはこれといった有効な手段は講じず、郵政省だけを目の敵にしてヒステリックに国民を巻き込んで意趣晴らしをしました。
この改革と称するものが本当に国民のためになったでしょうか。これまでと変わらない住民サービスを維持するとの公約はどうなったのでしょうか。過疎化した山村や離島では採算のとれない特定郵便局が次々に閉局し、声の小さな弱者は大いに犠牲を強いられています。全国あまねく50円の均一料金で葉書が届けられるというシステムは、採算を度外視して初めて可能です。収益を至上目的とした株式会社に同様のサービスが維持できないことは火を見るより明らかです。それにもかかわらず、熱狂的に小泉を指示した国民は馬鹿としか言いようがありません。
国民の莫大な資産を預かっているゆうちょ銀行は来年には株式が上場されます。2017年までに国が保有する全株式を売却する予定です。小泉、竹中はこの国民の大切な資産をアメリカの禿鷹資本に売り渡す約束でした。しかし、幸か不幸か、アメリカの金融が破綻してくれたので、うまくいけば悪魔のシナリオは頓挫することになるかもしれません。

4.アメリカ型市場万能主義経済理念に基づくあらゆる領域での規制緩和
これもアメリカ資本の参画の道筋をつけるために行われた政策だと思われます。競争原理が必要な分野と競争してはいけない分野の見境なしに推し進めたこの政策のために、日本の社会保障制度が崩壊し、理不尽な格差社会を生み出しました。小泉、竹中の悪行の最たるものと言えましょう。
己の分をわきまえてつつましく生きるという我が国が本来持っていた美風が姿を消して、小賢しい悪知恵だけで弱者を牛馬のようにこき使い、搾取して、自らは労せずに巨万の富を手に入れる拝金主義を良しとする風土になってしまいました。ホリエモンや村上を生み出す一方で、この平和な世の中で餓死者を生むことにもなりました。
小泉、竹中が手本としたアメリカの市場万能主義が行き着く先が地獄であることは、早くも現在のウォール街がはっきりと証明しています。

5.聖域なき構造改革による財政再建
聖域であるべき社会保障が崩壊したにも関わらず、必要とは思えない道路の建設は相変わらず続いていて、財政再建はその糸口さえも見えてこない現状です。公約であったはずの赤字国債は、「そんな約束違反はたいしたことではない。」という威勢の良い開き直りの言葉一つでいとも簡単に反古。もう一つの大事な柱である消費税率引き上げを含む税制改革には、あからさまな人気取りで手をつけないままでした。結局、国の抱える借金は彼が首相に就任する以前に比べて膨大に膨れ上がりました。
国民に犠牲を強いるばかりで、なんら成果を上げなかった財政再建についての公約違反に対して、なぜ国民はもっと糾弾しないのでしょうか。

6.イラクへの自衛隊派遣とインド洋における給油活動
次期アメリカ大統領がオバマであれマケインであれ、現在のイラク派兵は大幅に見直されるでしょう。そもそも、イラク戦争そのものの大義が甚だ疑わしいのです。
ブッシュと彼を取り巻くネオコンたちは、2001年9月11日のニューヨーク世界貿易センタービルおよび国防総省ビル破壊事件(この事件自体がアメリカ政府とイスラエルの仕組んだ謀略であるとのうわさも絶えない)を「第二のパールハーバー」であると言って国民の愛国心を煽り、アフガニスタンに対して「対テロ戦争」をしかけました。
本来ならば、9.11事件は刑事事件として扱うこともできたのです。しかし、ブッシュは「テロとの戦争」という言葉を操って、世論を操作。一気に戦争へとなだれ込んだのです。対アフガニスタン戦争の「不朽の自由作戦」はタリバン政権の崩壊で終焉しますが、この時にオサマ・ビンラディンの身柄を確保できなかったアメリカは、刃を納めることなく、矛先をイラクに向けました。
9.11でアメリカ国民の体に染みついたテロへの恐怖を背景に、イラクはイラン、北朝鮮と並んで大量破壊兵器を保有して、それをテロリストに供給する危険性があると脅して、一気にイラクへの先陣を築いていきました。そして、2003年3月20日に国連安全保障理事会の承認を得ないままに、イギリスと共同で「イラクの自由作戦」という戦争を一方的にしかけました。
圧倒的な武力で4月には首都バクダットを占拠し、5月には戦争終了宣言をし、後日フセイン大統領の身柄を確保したにも関わらず、戦争開始の大義名分であった大量破壊兵器は発見されませんでした。また、その後も宗派間の対立による内戦状態を治めることができずに、今でもイラク占領は泥沼化しています。
小泉政権が自衛隊のサマワ派遣の唯一の根拠としていた国連安保理決議1441号は、イラク政府に対して大量破壊兵器の無条件・無制限査察の再開を求めた決議であって、戦争開始を是認するものではありませんでした。
アメリカの報復であるアフガニスタン戦争。また、大義名分のないイラク戦争にかかわる作戦に、日本が平和憲法をかなり無理な解釈をして派兵をしたり、給油を続けているということは、もっと全国民的な議論を尽くしたうえで行うべきであったように思います。
いくら海外とは言っても、時の首相の舌先三寸でいとも簡単に戦争に参加することを良しとした我が日本国民は、この先再び、愚かで悲惨な戦争に、いとも簡単に突入していくのではないかという危惧を覚えます。
60年を越えて、私たちはあの太平洋戦争で得た苦い教訓をすっかり忘れてしまったようです。

7.2度にわたる北朝鮮訪問
動機が低下してきた支持率回復のためだったとはいえ、2度にわたる北朝鮮への電撃訪問は、金正日総書記に日本人拉致を認めさせて、拉致被害者の一部身柄を奪回できたのですから、大きな功績だと言えます。
残念ながらその後横田めぐみさんをはじめ、未だ数多くの拉致被害者が北朝鮮内に残っていると考えられますが、彼も主権国家の代表としてあれ以上の譲歩はできなかったのだと思います。

8.靖国神社公式参拝
靖国神社への現職総理大臣の参拝は中国や韓国からの強い反発を受けました。さすがに当初5年間は8月15日の終戦記念日を外した参拝でお茶を濁していましたが、「終戦記念日での参拝」は公約であったために、総理大臣最後の年である2006年にはとうとう15日の参拝を果たしました。
この問題については賛否両論分かれるところです。私もこれが彼の功であるか罪であるかの判断に苦しむところです。

以上、小泉政治の功罪について私なりに論評してみました。明らかに罪のほうが功を凌駕していますが、長きに渡って国民を操った能力は敬服するばかりです。しかし、今回の政界引退宣言のタイミングの良さを見て、彼のもっとも秀でた能力は危険を察知する本能、動物的な嗅覚のするどさであると訂正しなければなりません。
なぜならば、過去の栄光に大きな傷を負うことがない引退として、この時期ほど絶好のタイミングはないからです。今や彼が行ってきた政策の負の成果が次々に結実してきました。この先は、彼の政策が中長期的に国造りのビジョンに基づいてなされたのではなく、きわめて無責任なその場しのぎのパフォーマンスでしかなかったことが隠しおおせなくなります。

竹中と小泉が手本としてきたアメリカ流の暴走型市場経済理論(リバタリアニズム)が国家ぐるみの詐欺であり、一部資本家たちによる国民からの搾取手段であったのかが、サブプライムローン破綻、リーマン・ブラザーズ倒産、世界金融破綻によって白日の下にさらされました。
金融詐欺商品はサブプライムローンだけではありません。間もなく他のデリバティブの破綻も明るみに出るでしょう。そうなったら、いくら日本国民が間抜けだと言っても、小泉、竹中および彼らと手を組んでいた金貸し連中の悪行に気付いてしまいます。
また、「競争はすべてよし」として、本来国家が国民に対してなさねばならないことをすべて金儲けの仕組みにまる投げしようとしたことの結果も徐々に明確になってきました。
引退するのに今を勝る時はないのです。本当に機をみるに敏です。それに比べると、今でも大学の教授をやり、テレビで薄い唇でぺらぺらとしゃべり続けている竹中は状況判断力が劣っているようです。通常の神経の持ち主ならば、恥ずかしくて公衆の面前に顔を出すことができないはずです。
さらに、おまけがありました。あれほど、既存の体制をぶっ壊すとか改革と言っていた舌の根も乾かないうちに、自分の息子に地盤を譲ってしまったのです。小泉家はもともと政治を生業とする政治屋ですから、それで喰っていくしか能がないのでしょうが、それにしてもよく臆面もなく世襲できたものです。
このきわめて重要な自己矛盾した行為に対する批判を「私も親馬鹿で」と全く理屈にはなっていないが、ヒトの情をくすぐる例の話術でかわしてしまいました。まさに小泉劇場の面目躍如です。

民主主義は主権者である国民が高い知性と教養を有している時に初めて有効に機能します。有権者の大半が知性と教養に欠けるときには「衆愚政治」に堕してしまいます。
衆愚政治においては扇動者の詭弁によって誤った意思決定をします。国民は見せかけの正しさや大義で飾られた詭弁に熱狂して、気がついた時には致命的な不利益をこうむることになるのです。
多くの国民が小泉マジックに陶酔してもてはやし、今でもその催眠術から覚めないままの人が少なくありません。我が国が衆愚政治に陥っている証拠です。私たちは日々学んで見識を高め、本来の民主政治を取り戻さなければなりません。そうしなければ、私たちに明るい未来はないでしょう。

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