投稿日:2007年12月3日|カテゴリ:コラム

ついこのあいだカレンダーを付け替えたと思っていたのに、もう最後の一枚になってしまいました。時間の流れのあまりの速さに愕然とします。
ある心理学者が「その人にとっての心理学的な時間の長さは年齢に反比例する」と言っています。つまり、小学校1年生、6歳の子供の一日の長さは30歳の人の5日に相当するということです。57歳の私の1週間は6歳の子の1日あまりにしか感じられないというわけです。小さい頃の1週間が盛りだくさんに充実していたことを思い出すと、なんとなく納得してしまいます。

というわけで、汗で滲んだ夏物の衣類をきちんと手入れして衣替えする間もなく、お歳暮、年賀状の準備に追われる羽目になってしまいました。
お歳暮・お中元、年賀状などはむだな儀礼だから必要ないという方も増えてきているようです。しかし私は、一年に数回、自分がその年や過去にお世話になった人々に思いをはせて、自分がけっして一人だけで生きているのではない。多くの人の支えがあってはじめて今の自分があるということを再認識する、とてもよい機会だと思っています。また、慌しく流れていく日常生活に適度な節目を感じさせてくれる行事だとも思います。
年賀状とは名前の通り年賀の期間中に送る書状ですから通常、元旦から1月7日の松の内に送るものです。お中元は関東では7月1日から15日くらいまで、関西では8月1日から15日くらいまでにお贈りします。お歳暮は文字通り歳暮、12月(末の月)の行事で、本来は「歳暮周り」といって、その年にお世話になった方のところへ贈り物を携えて直接ごあいさつに伺うもののようです。近年は世情が慌しくなって、お互いにあいさつに赴く時間がないために、贈り物だけを配送するようになっています。
さてここ数年、このお歳暮やお中元について気になっていることがあります。私のもとへ届くお中元が6月末から、お歳暮は11月の末から送られてくるようになっているのです。年賀状は日本郵政株式会社(私はいまだに民営化には反対で郵政省と言いたいのですが)がコントロールしてくれるので12月中には届きませんが、季節季節のいろいろな行事が前倒しになってきているのではないでしょうか。
そういう目で身の回りを眺めなおしてみると、多くの分野でこういったフライイング現象が見られます。ものすごいフライイングが当たり前なのはファッションの世界でしょう。最近私がひいきにしている洋服屋さんなどは、今の時期にもう来年の春夏物を店頭に並べています。
確かに、寒くなる前に冬物をそろえ、暑くなる前に夏物を用意しておいたほうがいいでしょう。地球環境の変化のためか、春や秋がなくなって、夏、夏、夏、冬となってしまった昨今、早め早めの準備は一層重要なのかもしれませんが、11月の末にもう春夏物はいかがなものでしょうか。
もっと納得がいかないのが雑誌です。11月に発行される女性向けの月刊誌は1月号です。週刊誌もたいてい表紙に印刷されている日付の2週間くらい前に書店の店頭に並びます。
女性月刊誌の内容の中心はファッションですから、掲載内容が季節の先取りになるのは納得がいくのですが、何も号名を早くすることはないように思います。11月号に1月にふさわしい記事を載せるというだけで事足りると思います。
週刊誌にいたってはまったく意図が分かりません。今手元にある表紙に12月1日号と印刷された週刊現代は11月19日に店頭におかれて、内容は11月11日から1週間のできごとです。
早速、出版関係の知り合いに電話して尋ねてみました。その方の答えは「長く店頭においてもらえるための販売戦略」ということでした。
11月に売るものを11月号とすると、12月になったとたんに返品されます。1月号にしておけば、1月まで置いておいても違和感がないということだそうです。なんだか今世間で話題になっている、食品の賞味期限の偽装を連想してしまいます。
しかし現実には11月号が1月まで店頭に並んでいる姿なんて見たことがありません。次の号が店頭に並べば、前の号は返品されます。出版業界ではなんの疑問も持たずに常識となっているようですが、一般人にはよく分からない慣習です。
おぼろげな記憶ですが、月刊誌は私が子供の頃も先取り刊行であったように思います。私は親から毎月、手塚治虫の「鉄腕アトム」、横山光輝の「鉄人28号」、堀江卓の「矢車剣之助」の載っていた雑誌「少年」を買ってもらっていました。
この「少年」の発売も前倒しでした。でも確か、せいぜい1ヶ月の幅であったのではないでしょうか。たいしたものでないのは薄々気付いているのに、なぜか毎回心を躍らされてしまう、付録のたくさん付いた新年特大号。あの新年特大号を心待ちにしていたのは12月だったように思います。
この数十年で前倒し競争が進んできたのではないでしょうか。そのうちに新聞までもが前倒しになるかもしれませんね。12月1日に配達される朝刊は12月2日号なんて。

いくらなんでも新聞の先取りはあり得ないことだと思いますが、食の世界も早さ競争です。普通に栽培していたらとても収穫できないような野菜をハウス栽培で、他業者よりも1日でも早く市場に出荷しようと躍起です。
お陰で、私が小さい頃に運動会や秋の遠足で食べた、青くて酸っぱいみかんはまったく見かけなくなりました。春の訪れを彩っていたイチゴは今では一年中食べることができます。
大変ありがたいことではあるのですが、反面、身近なものの中に鮮烈な季節感を感じとることができなくなりました。そして、少しでも先に先にという社会全体のせっかちな流れに、いつのまにか乗せられてしまっているようです。
いろいろな分野で私たちは生産者としても、また消費者としても、常に先へ急ぐように追い立てられているのではないでしょうか。そして何より危険なことは、追い立てられているのは自分だけではなく、周りの人達全部がその流れに乗っているために、自分が追い立てられていることに気付かないことです。
追い立てられて、焦らされた生活を続けているとストレスを溜め込むことになります。うつ病、睡眠障害(不眠、過眠、概日リズム睡眠障害)をはじめ、種々のストレス関連障害を産みだす温床です。
みんながそうしているから大丈夫ではありません。現代人が当たり前と思っているライフスタイルは実は相当不健康であることを自覚するべきです。先へ先へと急ぐだけではなく、時にはじっと立ち止まって、ゆっくりと深呼吸することも大切です。

こんな風に他人にはゆっくり歩めと講釈をたれることができるのですが、さて自分はというとなかなかその通りには実践できません。言うは易し、行うは難しです。
これから先、私に残された時間。そしてその時間の流れが加齢とともにますます速くなっていくという予測にたつと、どうしてもあれをやり残した、これもやらなければと、ついつい焦ってしまいます。

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