去る8月8日、天皇陛下が国民に向けておよそ11分間のビデオメッセージで「お気持ち」を表明された。
そのビデオメッセージの内容の骨子は以下のようなものである。
①現行の皇室制度に具体的に触れることは控え、個人として考えてきたことを話す。
②80歳を越えて、次第に進む身体の衰えを考慮する時、全身全霊をもって象徴の務めを果たすことが難しくなるのではと案じている。
③国事行為や象徴としての行為を限りなく縮小することには無理がある。
④天皇が健康を損ない、深刻な状態に至った場合、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が懸念される。
⑤象徴天皇の務めが途切れることなく、安定的に続いていくことを念じ、気持ちを話した。国民の理解が得られることを、切に願っている。
生前退位を希望されるお言葉であった。
象徴であり人権を与えられていない天皇が制度に係る発言をしたことを非難する声がある。また、退位後の地位や権限など難しい問題が少なからずあるようだが、ここはややこしいことを言わずに、素直に陛下の希望を聞き入れてあげるのが良いのではなかろうか。
82歳のご高齢に加えて、前立腺癌を患い、心臓のバイパス手術もされた陛下に、これ以上の激務を強いるのは酷というものだ。美智子皇后陛下におかれても、もうすぐ82歳になられる。陛下と同様に虚血性の心疾患を患われている。
お二人とも、もう十分に象徴皇室の役割を果たされた。もう公務から解放さしあげて、ゆっくりと余生をお過ごしいただきたい。と私は考えるのだが、どうやらそうはいかないようだ。
日頃からこのコラムをお読みの方は、私が社会主義者だと感じられていると思う。確かに私は国民主権であると同時にその社会ができる限り公平にあるべきだと考えている。今の分類でいえば社会民主主義を良しと考えている。
となると、世襲でつながる皇室を否定的に捉えているのではないかと思われるかもしれないが、そうではない。天皇を尊敬し、皇室の存続を願っている。我が国でしか使われていない曖昧な「象徴」という天皇の現在の位置付けを改正して、国際的に認められている「元首」としようという日本会議の主張を受け入れてもよいとさえ思っている。
先ほど社会は公平であるべきという主張と矛盾するかもしれないが、私が現在の天皇制に対する最大の評価点は天皇が世襲制である点だ。多くの近代民主国家の元首、「大統領」は国民の選挙によって任期付きで選ばれる。
最高のアメリカンドリームはアメリカ大統領になることだが、丸太小屋に生まれたリンカーンが大統領になったように、大統領はどんな人間でも努力と運がありさえすればなれる可能性がある。
一方、我が国の天皇は天皇家に生まれなければ逆立ちしてもなることはできない。どんなに社会的に成功しても、どんなにお金を積んでも、どんなに人気があったとしてもなることはできないのだ。
私はできるだけ公平な社会であるべきだと思う一方、競争を超越した存在が必要だと思う。
なぜならば、自然は極めて不公平だからだ。身体能力も知的能力も多くは生まれついて不平等にできている。私たちの存在そのものも実は不公平で理不尽な自然の摂理の上に成り立っている。私たちは地球のヒトとして生まれた瞬間から、この惑星の流動的な地殻の表面にへばりついて生きていかなければならない。
大きな地震や津波に襲われれば、どんなに良い人だろうが努力家だろうがあっという間に死んでしまう。どんな悪人でも、なんの努力をしなくても、たまたま大きな地震に遭遇しなければのうのうと寿命をまっとうできる。地球自体に何かの異変が起きれば全員死滅する。自然とはもともと不公平で理不尽なものなのだ。
ところが、科学と経済を妄信する現代人はこの不都合な真実を忘れてしまっている(忘れようとしているのかもしれない)。
努力すれば、なんでも夢が叶うなんて思おうとしている。そして努力だけではなく、金銭、さらには、騙し、裏切りといった権謀術数や暴力、破壊、ありとあらゆる手段を弄して成り上がろうとする。
天皇はこういった止まることを知らない競争原理の上に立ち、自然の不公平さを具現する存在ではないだろうか。
おそらく今の日本で、私利私欲なく純粋に日本の平和と日本人の幸福を願っているのは天皇陛下だけなのではないかと私は思う。
さて、天皇のビデオメッセージはリオ・オリンピック騒ぎに浮かれる最中に行われたために、多くの国民の間で議論の的になっていない。しかし、第2次安倍政権発足以来、急速に右傾化していく我が国の今後の進路を左右する重大な課題を投げかけているのだ。このビデオメッセージを公表したこと自体がすでに政治問題なのである。
陛下の発言が安倍一派の憲法改悪に拍車をかけるのではないかと危惧する方もいるようだが、それは間違いだと思う。日本会議の連中は今回の天皇のお気持ち発表で冷や水を浴びせられているだろう。
なぜならば、陛下の意を汲むならば、現行憲法の下で皇室典範の改正を行わなければならない。ということは、皇室典範の改正を終えるまでは現行憲法に手を加えることができなくなり、大幅に時間の遅れをとることになる。
それよりも、陛下が「個人の考え」を表されたことそのものが、天皇が人間であると宣言されたことになり、戦前の現人神天皇へ回帰することを拒否されたことになる。
私は今回の陛下の行動は安倍一派による右傾化に対するご抵抗の意図があるのではないかとさえ考えている。
安倍政権になってからの陛下は、沖縄を始め、フィリピン、パラオなどへの慰霊の旅を重ねて、先の戦争への強い後悔と反省を表されていらっしゃる。今の日本の政治に対して強い懸念を抱いていらっしゃるとように思える。
平和を愛する人間天皇を再び現人神として傀儡化して、己たちの利権を復活させようとしている連中に嫌悪感を抱いていらっしゃるのではなかろうか。
今上天皇を敬愛し、今の人間天皇制がいつまでも続くことを心より願って、天皇陛下万歳。