投稿日:2015年12月28日|カテゴリ:コラム

小院を開業して25年になろうとしている。二昔以上前のことなのだが、開設のための手続きがつまらないことで手間取ったことはよく覚えている。

医療機関の開設にはまず保健所の認可が必要だ。住民の保健福祉を所管する保健所が医療機関として必要な衛生基準を備えているか否かを審査するのはごく当然と言える。

だが、保健所の審査はややこしいことはない。要求事項が合理的で、医学的に常識的なことをしておけば合格する。だが当時は、健康保険医療を行うためには保健所の許可だけでは足りずに、さらに社会保険事務所の審査を受けなければならなかった。

こちらの審査が、重箱の隅をつつくような細かいことを注文してきた。何のためにそんな規制があるのか意味不明。規則のための規則のような規制が多かった。

例えば、看板の場所、大きさ、診療所の名称など。

私は当初「精神的に生まれ変わる」という意味から「リボーンクリニック」という名称に使用と考えていた。ところが、社会保険事務所が開設者の氏名か土地の名称以外は何が何でも認めないと言われたのだ。

理由を問うと「患者さんが治療期間を選ぶ際に公平な条件で選べるため。たとえば『世界一クリニック』のような名称だと誤った先入観を与えるために患者さんを混乱させる」というものだった。

「診療科の性質上、個人名は乗せたくないし、大塚を冠した診療所はすでに多数あるために、大塚を名乗る方が患者さんを余計に混乱させる」と主張しても全く聞き入れられなかった。それでも食い下がると「そんなにおっしゃるならば保険診療をなさらずに自費診療だけにされればいい」と恫喝する。

「誰が『世界一』なんて自分で馬鹿を露呈するような名前を付けるか!」と怒鳴りつけたかったが、認可していただけなければ開業できない弱い立場。ぐっと我慢をして「クリニック西川」とした。

彼らの馬鹿げた規制すべては「日本中どこでも同じ料金で同じ医療サービスを受けることができる」という我が国の健康保険制度の高邁な基本精神に基づいている。

だが先ほどの例のように枝葉末節で我々を縛り付けておきながら、国自身がすでにこの国民皆保険制度の基本精神を壊してしまっているのだ。

 

2008年のコラム「ねたみそねみは身を滅ぼす」で詳細に説明したことだが、過去にコンタクトレンズを処方したことがあるかどうかで、さらには受診した眼科が、コンタクトレンズの処方が全患者の40%以上を占める眼科とそれ以下の眼科とで、診療報酬の算定法を異なったものになってしまっている。

一度コンタクトレンズの処方をした患者さんは、それ以降未来永劫、その眼科で行った診療は花粉症であろうがものもらいであろうがすべて再診料しか算定できない。一方、コンタクトレンズ処方の履歴のない患者さんは異なる病名で眼科を受診した際にそれぞれ初診料が算定される。

また、コンタクトレンズ処方の履歴のある患者さんでも、受診した眼科がコンタクトレンズの処方の少ない眼科では検査料が200点なのだが、コンタクト処方の多い所謂「コンタクト眼科」であった場合には、全く同じ検査をしたとしても56点にしかならない。

たとえば、ある患者さんが目にテニスボールが当たってその後見にくいという訴えで、とある眼科に受診したとしよう。

その眼科がコンタクトレンズの処方の少ない住宅街の眼科医だった場合には、初診料282点、細隙灯検査料48点、矯正視力検査69点、屈折検査69点、角膜カーブ検査84点、眼圧検査82点、眼底検査112点、染色検査48点の合計794点の診察料がかかる。因みに1点は10円だ。つまり7940円の診療費が発生して窓口で自己負担分として3割の2380円を支払うことになる。何か薬が処方された場合にはさらに処方箋料が加わり、調剤薬局でその薬代も支払うことになる。

ところが、その患者さんが4年前にそこでコンタクトレンズの処方をしてもらっていたことがあった場合には、たとえ4年ぶりに、コンタクトレンズと全く関係のない眼球打撲の診察であったとしても初診ではなく再診(72点)として扱われる。

さらに、その患者さんがコンタクトの処方も希望したとすると、先ほど示した諸々の検査をしても、その料金を請求できなくなる。つまり、眼球打撲の診察だけならば請求できたはずの医療費がコンタクトの処方も行うとかえって診察料は大幅に減らされて、なんと再診料72点とコンタクトレンズ検査料しか発生しなくなる。

さらに奇妙なのは、その眼科が住宅街のコンタクトレンズの処方が少ない眼科であった場合には、その検査料は200点となるから、窓口で820円の自己負担額を支払うことになる。だがそこがたまたまコンタクトレンズ処方の多い眼科であった場合には検査料は56点で、合計128点となり窓口では380円を支払うだけとなってしまう。

同じ病気に対して同じ診察を行ったにもかかわらず、コンタクトレンズの処方をするかしないか、またその眼科でその処方が多いか少ないかだけで、対価が6倍以上も違うという理不尽かつ複雑怪奇な医療行政がまかり通っているのだ。これでも「日本中どこでも同じ料金で同じ医療サービス」という大義名分を振りかざせるとでも言うのだろうか。

この問題はコンタクトレンズの処方件数が多い、所謂「コンタクト眼科」が迫害を受けているというだけの問題ではない。今やネットでいろいろな情報が手に入る。

「できるだけ安く眼科を受診するためには、とりあえず「コンタクト眼科」と称される眼科で一度コンタクトを処方してもらっておくとよい。そうすれば、その後目の病気に罹った場合にはその眼科に行って治療してもらうと同時にコンタクトレンズを処方してもらえば、何をしてもらっても380円支払えば済む。」

という情報もかなり出回っているようだ。

コンタクトレンズを処方してもらったついでに、あれこれ検査を希望する確信犯の患者も増えてきたと聞く。

日本の保険医療制度はとうの昔に崩壊している。

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