過日、NHKで「破裂」という夜の帯ドラマが放映された。椎名桔平主演で脇役に仲代達矢が控える見ごたえのある作品だったが、放映時間が遅かったため、ご覧にならなかった方が多いのではないだろうか。
テーマは画期的な新薬を開発した医学者と、その薬を社会政策に利用しようとする官僚との暗闘だ。
この薬は老化した細胞を活性化する。足腰が不自由で同じことを何度もしゃべり続けていた老人がぴんぴん飛び回っていろいろなことをてきぱきと処理できるようになるのだ。だがこの薬には致命的な欠陥があった。作用が暴走して心筋が肥大し続けるために、ある日突然心臓が破裂して突然死をしてしまうのだ。
この薬を開発した医師は何とかこの副作用を改善するための研究を進めようとするが、野心的な一部厚生官僚と政治家たちは、むしろこの副作用を利用しようとする。つまり国にとって足手まとい以外の何物でもない老人たちを「元気に若返る」と称して呼び集め、一挙に処分してしまおうと考えたのだ。
社会の高齢化に業を煮やしている国家の本音を見事に曝け出した傑作だと思った。
自民・公明両党が12月10日に2016年度の税制改正大綱を取りまとめた。その中の目玉の一つが市販薬控除だ。一般医薬品(市販薬)を年間1万2000円以上購入すると所得税を減税する新制度を2017年に導入しようというものだ。
政府与党はこの新制度の目的を、「国民の健康寿命が延伸する社会を実現するためには、むやみに医師の処方箋に頼らず国民のセルフメディケーション(自己治療)を促進する必要がある」としている。
よくもこんなむちゃくちゃな詭弁を吐けるものだとあきれ果てる。この論法からすると、医師による治療は国民の健康寿命を縮めることになる。我々医師は国民の健康に対して害悪を振りまいてきたというのだろうか。
セルフメディケ―ションなんて聞こえはいいが、医学のイロハも知らない人に対して「お前ら勝手にしろ。ただし、結果は自己責任だよ。」と国民の健康に対して国は関知しないと宣言しているに等しい。
ちょっと前までは厚労省は今度の新政策とは全く逆に、国民がむやみに市販薬を服用して健康被害を起こすことを懸念していた。実際に、肝機能や腎機能をはじめ様々な基礎疾患を持つ人が、訳も分からずに市販薬を乱用したならば重大な結果をもたらすことは火を見るより明らかだ。
きっとそれも予想したうえでの政策だろう。かってに薬を飲んで自分の責任において早死にしてくださいと方針転換したのだろう。
世界屈指の長寿国に育て上げた医師を悪者に仕立て上げてまでセルフメディケーションとやらを推し進める真の目的がなりふり構わぬ医療費の削減にあることは言うまでもない。だが、本当に医療費が削減されるだろうか。
彼らが所管する健康保険に係る支出は確かに減るだろう。しかし、国民はこれまで通り健康保険料を徴収された上に、なおかつ市販薬を自費で買わなければならない。国民が負担する医療費は決して少なくなるわけではない。むしろこれまで以上に医療費を支出する人が続出すると思われる。
ほくそ笑むのは健康保険組合と財務省だ。保険料を取るだけ取ってなるべく使わせなければ、巷に横行する金融商品詐欺と同じ手口だ。儲かるに決まっている。
ドラマ、「破裂」の最後は、薬の副作用を抑える方法が見つかり、一方では国の悪巧みが露呈して、老人の一掃計画が食い止められる。だが、現在の薬では心臓破裂で急死すると分かっているのに、「是非その薬を飲ませてくれ」と老人たちが言い寄ってくるラストシーンは意味深だ。
私もやりたいことを思う存分やって、ある日ぽっくり死ぬことを願っている。朦朧とした頭でベッドに横たわってただ息をしているだけの時間など過ごしたくない。だが、死にざまは各人がそれぞれの人生哲学に基づいて選ぶべきであって、国に押し付けられるべきものではない。
これから、国が行おうとしている、セルフメディケーションの推進はまさにドラマ「破裂」の実践だ。
欺瞞に満ちたカタカナ言葉を弄さずにはっきりと、「労働力として役立たず、税金を食いつぶすだけの老人や病人はさっさと死ね」と言えばよい。
これまでこのコラムで、日本の社会保障制度の危機を訴えてきたが、私の認識は甘かった。もうすでに日本の社会保障制度は破壊されてしまっていたのだ。