投稿日:2015年8月17日|カテゴリ:コラム

よく使われる医学用語はだんだんと身近になって一般的に使用されることが少なくない。だが、その際厳密な定義は置き去りにされるので本来の意味から離れてしまうことが少なくない。一般の方と医療関係者の間の会話の中でそういう用語を使うと、お互いが想起する状態が異なるので、かえって混乱する場合がある。
以前のコラムで一般の方が使う「妄想」が医学用語としての意味からかけ離れた使われ方をしていることを述べたが、今回のテーマ、「創傷(そうしょう)」も広く一般的に使用されているにもかかわらず、その正しい意味で用いられていない。

一般的に怪我と呼ぶ状態を医学的には創傷と言う。この言葉を構成する「創」も「傷」
も訓読みは「きず」だ。つまり同じような意味の言葉を重ねた熟語なのだ。だが、同じ「きず」でも「創」と「傷」とではその損傷状態が異なる。
医学的に「創」とは皮膚の欠損を伴う損傷を指し、「傷」は皮膚の破綻を伴わない損傷を指す。きずはきずでもその形状が違う。「創にきずあり、傷にきずなし」なのだ。
皮膚の欠損した部分を指して一般的に「傷口(きずぐち)」と呼ぶが、正確には「創面」である。なぜならば「傷」に口はあり得ないのだ。そして創面の周辺部は「創縁」、きずの一番深い底の部分は「創底」と呼ぶ。また、銃で撃たれた際のきずやアイスピックのように尖った刃物で刺された際のきずは深さに比べて皮膚欠損部の面積が極端に小さいので「創口」と呼ぶ。

創傷はその原因や程度によってさまざまな形状を呈し、それぞれに対応した呼称が定められている。まずは「創」から。
切創(せっそう):ナイフのような鋭利な刃物を引くことによって切り裂かれた線状の損傷。創面が滑らかなので汚染度がひどくなければ圧着しておくだけで自然治癒が期待できる。むろん深い場合には縫合処置が必要になる。
裂創(れっそう):重量物による打撲や強い力による捩じれ、過伸展によって生じる皮膚が裂けた損傷。凶器の種類や力の加わり方によってさまざまな形状を呈する。縫合しても瘢痕が残る可能性が高い。
割創(かっそう):斧のような刃先が鈍だが重量のある刃物によって割かれたきず。いったん皮膚が引き裂かれると真皮、皮下組織、その下の筋肉組織すべてを引き裂き、骨までも露出してしまうような損傷となる。当然重大な機能障害をもたらすし、瘢痕の程度もひどい。
挫滅創(ざめつそう):回転する機械へ巻き込まれた場合など、強い摩擦や急激な圧力によって引き起こされる。皮膚組織、筋肉組織、神経、血管などすべての軟部組織が損傷される。後で述べる擦過傷の重大なケースと言える。
挫創(ざそう):ハンマーのような鈍な物体による打撃で組織が挫滅した状態。創面が粗雑なために縫合が困難なので、壊死してしまった組織の除去や創保護などの処置をして肉芽組織の増殖による自然治癒を待たなかればならない。
銃創(じゅうそう):弾丸や火薬による創で、射創(しゃそう)とも言う。貫通射創、盲管射創、反跳射創、擦過射創などの種類がある。発射距離の違いによっても接射創、準接射創、近射創、遠射創などに区別される。
刺創(しそう):細長く鋭利な刃物で突き刺された時にできる損傷で創口に比べて創が深い。このために外面からは内部損傷の程度を推量することが困難で、血管損傷や内臓損傷を伴って致死的な場合も少なくない。だが、創面が小さいために創そのものの治癒は早い。
杙創(よくそう):丸太のような鈍な物体が身体を貫通する特殊な刺創。多くの場合、広範囲な内臓損傷を伴って重症で致死的であることは言うまでもない。
咬創(こうそう):動物などに噛まれてできる創。刺創と同様に創が深いが刺創に比べて創面が滑らかでなく、また病原菌の深部感染を伴うことが多いので治癒は困難となる。さらに、毒液をもつ蛇などによる咬創の場合には、解毒治療もしなければならない。

次に「傷」について述べる。
擦過傷(さっかしょう):摩擦によって生じる軽度の創傷。厳密には皮膚組織の部分的な欠損を伴うことが多いが、一般的には「傷」と呼ぶ。創傷面の消毒をして自然治癒を待つのが通常である。
挫傷(ざしょう):打撃、捻転、過伸展などによって内部組織が損傷したにもかかわらず体表面に創が見られない場合を言う。この挫傷で最もよく見られるのが脳挫傷である。脳は硬い頭蓋骨内にあるために強い外力が加わると頭部表面はさほどの変化が見られなくても挫滅してしまうことが多い。
爆傷(ばくしょう):爆発による損傷。火薬などの爆発では、その際に発生する高熱や衝撃波で表面に大きな損傷がなくても内部組織、内臓に気道熱傷や腎断裂といった致死的な損傷を与えることが少なくない。

最後に特殊な創傷として熱傷や褥瘡がある。
熱傷(ねっしょう):熱による損傷の総称で化学薬品や電流、放射線で生じる損傷も大きくはこの熱傷に含まれる。変性はするものの表皮が残っている場合が多いので熱創とは呼ばずに熱傷と言う。
褥瘡(じょくそう):いわゆる床擦れのこと。寝たきり状態で体位変換が困難な場合、長時間にわたって体の一部がベッドに接触し続けることになる。そうなるとその部位の血行が悪くなって周辺組織が壊死してしまう。社会の高齢化に伴って急増している。介護者によるこまめな体位変換のほか、エアマット、ウォーターマットなど加圧部分が拡散するような介護用品の使用が望まれる。

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