PG-12と言う言葉を聞いたことがあるだろうか。「Parental Guidance―12」の略号で、性、暴力、残酷、麻薬などの描写や、ホラー映画など、小学生が真似をすると子供の適切な人格発達に悪影響があるとされる映画やアニメがこの区分の対象となる。12歳未満のあるいはある小学生以下の鑑賞には成人保護者の助言や指導が適切とされている。
映像作品に対する規制としてはこのほかにR-15やR-18があるが、R-15は15歳未満あるいは中学生以下の子供を対象に入場・鑑賞を禁止しているもので、PG―12よりもさらに刺激が強いものに加えていじめ描写や暴力シーンも対象になっている。
R-18はR-15に加えて、著しく性的な感情を刺激する行動描写や著しく反社会的な行動、麻薬・覚醒剤の使用を賛美するなどの極めて刺激の強い表現があるものが指定され、18歳未満あるいは高校生の入場・鑑賞を禁止している。
つまりこういった規制は、発達心理学的に見て、人格形成期に子供たちに見せると将来ろくな人間にならない可能性があると考えられるから行われているのだ。
しかし、だめと言われれば言われるほど見たくなるのが人間の性。子供たちだってあの手この手を使って観ようとする。したがって、子供たちを完全に性、暴力、違法薬物に関する情報から隔離することは不可能だ。また、そういう世界があることも事実である。あるものをないと言ってごまかして温室栽培することが本当に健全な人格を形成するのかも疑わしい。
だが、いくら現実だとは言っても、未熟な子供たちに行き過ぎた性・暴力・薬物の世界を野放しに開放すれば、そういったことを当たり前で良しとする考えが刷り込まれることは容易に想像できる。やはり「ダメ」、「いけないい」とされている物をこっそりと覗き見するくらいの方がいいのだろう。そうすれば、そういう世界が存在することを知りつつも、それがよくないことであるという意識が深く刻み込まれるからだ。
最近、昼休みに国会の安保関連法案特別委員会のテレビ中継を観る。腹が立つ。情けなくなる。その結果暑さ疲れが倍加する。
何に腹が立つのかというと、国の舵取りをする最高機関である国会でのやりとりが全く討議の体をなしていないからだ。何に情けなくなるのかというと、こんな連中に私たちの命運を託さなければならないからだ。
安倍を始め関係閣僚は野党からの質問の趣意に一切答えない。「イエスかノーで答えてくれ」と言われても一切旗幟を明瞭にしない。口から繰り返し出るのは衆議院での議論の頃からもう百回ちかく耳にした「3要件が・・・・・」、「国民の生存が・・・・」という官僚の作った長ったらしい法案説明文だけ。相手の質問時間が消費されるのをじっと待とうと言う意図が見え見えだ。
また、安倍は答弁の中でその字義とは無関係にやたらに「まさに」、「云わば」、「総合的に」という言葉を連発する。「まさに」とは「確かに」とか「ちょうど今」という意味だが、安倍が「まさに」といった後には確かなことも、今現在進行中の出来事も全く現れない。
「云わば」とは「例えて言うならば」という意味だが、彼の答弁の中で「云わば」の後に的を射た例え話は出てこない。さらに、安倍の言う「総合的」とは、「その時その時自分たちの気分や都合で」という意味のようだ。
私は以前のコラムで「・・・・の中で」のように不必要な接続詞や大げさな修飾語は中身のない主張をもっともらしく見せたり、嘘を塗色する手段だと書いた。この観点からみても、意味のない修飾語満載の安倍の答弁は内容が空虚で嘘八百であることが分かる。質問にまともに答えられない理由としては聴覚障害が考えられる。だが、委員長からの指名に機敏に起立するし、質問者に野次を飛ばしたりするのだから耳はちゃんと聞こえているはずだ。
次に考えられるのは知能の低さ。頭が悪いので相手の論旨を理解できなくても致し方ない。だがこれも違っているようだ。確かに決して頭が良いとは言えないけれど、いくらフリガナがふってあるとはいえ、なかなかの長文をしっかり読めるのだから、「イエスかノーで答えて下さい」の意味が分からないはずがない。
とすれば、元々答える気がないとしか考えられない。討議するふりをして無駄な時間を過ごしていれば、国民は「誠意をもって真摯に討議をしている」と思ってくれると信じているとしか考えられない。
私がもっと腹立たしいのは、安部の口からしばしば出る「まだ国民には十分に理解されていない」とか「これからも丁寧に説明して国民に理解して頂くように」とかいうフレーズだ。つまり自分たちの意見に賛成しないのは国民の理解力が足りないせいだと言っているのだ。
自分たちが馬鹿である自覚が全くなく、国民を馬鹿だと考えている。冗談ではない。国民にはお前らより数段頭のいい人が数多くいる。国民はとっくに理解しているのだ。今回の法案が憲法に反した行政府の小賢しい悪巧みであることを。そこを理解しているからこそ反対しているのではないか。これから本法案に対する理解が進めば進むほど反対意見がさらに増えていくだろう。
PR-12は今のところ性、暴力、残酷、麻薬などの描写や、ホラー映画などに限られているが、私はテレビの国会中継もこれに加える方が良いのではないかと思う。なぜならば、幼い子供たちにあんなものを見せたならば、話し合いとは嘘と詭弁を押し通せばよいと思ってしまうからだ。言い換えれば国会中継は子供たちに、人の行動規範に「真」と「誠実」は不要であり、言葉には何の意味もないと言うことを教え込んでしまう。
さらには、あんな馬鹿でも国の中枢についてうまい汁を吸えるんだから真面目に勉強する意味がないと思い込ませてしまうからだ。
国会中継は人格形成にとって性描写よりもずっと悪影響だと考える。