6月16日のコラム「混合診療の解禁(SICKOの世界が現実となる)」で書いた通り、我が国の健康保険制度は年々赤字が膨らんで、崩壊の危機にある。政府もマスメディアも、この原因を社会の高齢化と医療機関の努力不足に押し付けようとしている。しかし、医療機関でない人たちが健康保険を食い散らかしていることはあまり知られていない。
腰痛、肩こりで代表される、骨、関節、筋肉など(運動器)の疾患の診療を担当する科を「整形外科」という。だが街中には、運動器の障害の治療の場として鍼・灸、マッサージ、整骨・接骨院といったいわゆる治療院もある。
鍼ははり師、灸はきゅう師、あん摩やマッサージはあん摩マッサージ指圧師という「あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律」によって定められた国家資格を持つ人たちが行う。整骨院や接骨院は「柔道整復師法」によって定められた柔道整復師という国家資格を持つ者だけが許される治療院だ。
いずれも、専門学校で3年程度学べば受験資格が得られる。履修科目の中には解剖学や生理学も含まれるが、あくまで机上の講義を受けるだけで、6年制の医学部のように実際に遺体を解剖したりはしない。
最近は、拡大する大学ビジネスの一環として鍼灸科や柔道整復科を設置する大学もできたが、4年の間に複数の受験資格が得られるだけで、ここでも医学をきちんと教えているわけではない。
したがって、これらの治療師は当然ながら医師ではない。実際に体全体の仕組みについて習熟しているわけではないし、血液検査やCTのような画像診断をすることもできない。注射や薬の処方ができないことは言うまでもない。
以上のように、治療院は医療機関ではないので本来健康保険は使えない。だが、対象疾患によっては健康保険で治療を受けることができる場合がある。
鍼・灸の場合、神経痛、リウマチ、頚腕症候群、五十肩、腰痛症、むち打ち症の6疾患に対して、またマッサージでは、骨折や手術後の障害や脳血管障害の後遺症としての関節拘縮と筋麻痺に対してのみ健康保険での治療が許される。ただし、必ず「鍼・灸あるいはマッサージが治療上必要である」という医師の同意書や診断書がなければならない。
ところがどういうわけか、整骨・接骨院は原則として医師の診断書や同意書がなくても骨折、不全骨折(ひび)、脱臼、打撲、捻挫に対して健康保険で治療をすることが許される。しかし本当は、骨折、不全骨折、脱臼の診断は外からだけでは難しいことが多く、CT,MRI,X線などの検査をすることができる整形外科医の診断書や同意書なしに行うことは危険が大きすぎて現実的ではない。
こうした治療院では、たとえ健康保険を使える場合でも、治療費の支払い方法が医療機関と異なる。病院では窓口で3割分だけを払えばよい。残り7割は健康保険組合から医療機関に直接支払われる。
一方、鍼・灸、マッサージを受けた場合には、その場で全額を支払う。後日患者自身が医師の診断書や同意書と治療院での領収書を添えて健康保険組合に「療養費支給申請書」を提出して、7割分を還付してもらう仕組みになっている。
ところが整骨・接骨院はまたもや特別扱いで医療機関と同じように現場で3割支払うだけで利用できる方法がとられている。なぜならば、整骨院・接骨院には残りの7割を患者にかわって健康保険組合に請求する「受領委任」という方法が認められているからだ。
患者は委任状にサインをするだけで、医療機関と同様に窓口で3割分を支払うだけで治療を受けられる。だから、一般の人の中には整骨・接骨院を医療機関と混同している人が少なくない。
専門でない私が診ても、整形外科的な手術が必要だろうと思われる病態の人に、整形外科に行くように言うと、すでに病院に行っていると言う。どんな治療をしているのかと聞くと「毎日マッサージをしてもらっている」と言う。いったいどこの病院だろうかと尋ねると、なんと整骨院という例は少なくない。
さらには、前述したとおりに整骨院・接骨院では医師の診断書や同意書がなくても治療にあたることができるので、本来ならば健康保険の対象にならない単なる肩こり、腰痛、筋肉の張り、だるさなどに対して、「骨折」や「捻挫」といった偽の病名をつけて毎日のようにマッサージをする患者や治療院が後を絶たない。
このように健康保険を医療機関でない者が疾患の治療以外の用途で乱用している。このとんでもない乱用も我が国の健康保険制度崩壊の大きな原因となっていることを是非知っていただきたい。
因みに、柔道整復師会は講道館開設者、嘉納治五郎以来今でも、政治家、官僚、特に警察官僚に対して隠然たる政治力を持つ団体であることを申し添えておく。