絶対に儲かる商売があります。人から金を借りておいて返さない。これほどぼろい話はありません。このやり方を徹底して社会問題となるのが、さまざまな利殖話を作りあげて人から金を集めてとんずらする、いわゆる詐欺商法です。うまく逃げおおせて莫大な富を手にする奴もいますが、たいていは司直の手にかかって塀の中で余生を過ごすことになります。
今回は医療行為に対する支払いの仕組みの「いろは」を説明します。日本の保険医療は国家統制経済に則っていますから、おかみ(厚生労働省)の一言でこの医療保険の点数が決められてしまいます。医療点数とは医療行為や医薬品の単価のことです。昭和36年に国民皆保険が達成された際に医療費を全国一律にするために設けられました。1点が10円です*1。点数なんて小難しい言い方をしていますが、この点数に10を掛けた金額がそれぞれの医療行為や医薬品の価格というわけです。
たとえばある人が微熱と排尿時の股の付け根の痛みが苦しいために院内処方をしている(薬をその場で渡す方式)某クリニックを受診したとしましょう。まず診察を受けます。尿の検査と血液検査をして「膀胱炎」であると診断を受けて、膀胱炎に対する治療薬を3種類処方してもらって帰ります。
この保健医療にかかわる対価をどのように計算するかというと、[診察料+尿検査料+血液検査料+血液検査の結果の判断料+処方料(適切な薬の種類と量と飲み方を判断する行為)+調剤料(処方された薬を正し飲み方にあわせて袋に詰めてお渡しする。粉薬の場合には必要な分量を計量して混ぜ合わせて1回分ずつ袋詰めにする。)+A薬1錠あるいは1グラムあたりの薬価(点数表示の単価)×錠数あるいはグラム数+B薬の1錠あるいは1グラムあたりの薬価(点数表示の単価)×錠数あるいはグラム数+C薬の1錠あるいは1グラムあたりの薬価(点数表示の単価)×錠数あるいはグラム数]×10円という計算になります。
膝も痛いのでついでにそちらも診察してくださいということになって膝の診察もしてシップ薬も出た場合にはどうなるかというと上記の計算に[外用薬調剤料(どういうわけか内用薬と外用薬の調剤料は別立てになっていてこちらは安い)+湿布薬一枚あたりの薬価×湿布薬の枚数]×10円が加えられることになります。二つの病気を診察したからといって診察料は増えません。ですから、なるべく安く病院にかかるためにはひとつの病気で受診するのではなく、たくさんの病気にかかるまで待って、満身創痍になってから受診したほうがよいということになります。
院外処方方式(自分のところでは薬を渡さずに処方箋だけを書いて薬局に行って薬をだしてもらうやり方)を採用しているクリニックでは処方料、調剤料、薬の代金は発生しません。処方箋料をいただくだけですから少し簡単です。
「処方箋料」は院内方式の際の「処方料」より高く設定されています。また、薬局での調剤料は病院で行う調剤料よりも高く設定されていますから、院外処方箋方式の医療を受けるとトータルに発生する金額は院内処方方式に比べて高いものになります。
あまり細かいことはどうでもよいと思われるでしょうが、実に複雑怪奇な計算方式であることだけはご理解ください。
ほかにすることがなく、1年中こんな数字のことばかり考えている厚労省の役人にとってはたやすい作業なのでしょうが、患者さんの病気を診察して治療することが本分である私たちにとっては、1回の診療を行うたびにこんな計算に付き合わされるだけで辟易です。さらに彼らはいとも簡単にその計算方式や単価を毎年変えてくるのです。毎年、私たち医療者は年度末、年度初めの数週間はこの保険改訂に振りまわされて大混乱です。しかもこの改定、ここ十年ほどは毎年のように切り下げの連続です。
つまりこの10年前後、私たち医療者は同じ仕事をしていてもそれに対する対価をおかみからの命令で毎年一方的に下げられてきたのです。今や診療科によってはいわゆるワーキングプアーの状態です。働けど働けどそれに見合う収入を得られない。この結果、数多くの中小病院が倒産したり診療所が閉院している実態は既にお話したとおりです。
さて、保険点数に10円を掛けた医療費全体の内の3割*2は医療機関の窓口で患者さん自身が診療行為を受けた当日に支払います。残りの7割が2ヵ月後にまとめて健康保険の取りまとめ団体から私たちの銀行口座に振り込まれるのです。
会社に勤めていて、給料から健康保険料を天引きされている方々が加入している健康保険は社会保険といって、悪評高い社会保険庁(厚労省の主要な天下り先)が管轄しています。ここからの入金はこの下部組織である「社会保険診療報酬支払基金」というところから2ヵ月後のほぼ23日前後に振り込まれます。個人経営や特に仕事をしていない人が加入している国民健康保険は「国民健康保険団体連合会」という組織(ここも社会保険支払い基金と同じような天下り機関)が管轄していて、ここからの入金は2ヵ月後の25日前後です。
けちなことを言うようですが、2ヶ月も後払いなのに一銭の金利もいただけません。それどころか、「あーだこーだ」といちゃもんをつけては支払額を削ってきます。
自分の金ではなく人から金を預かっているだけなのに、大金を支払う立場になるとなんだか偉くなったように錯覚するのは凡人の性のようです。ほかの省庁と同じく社会保険診療報酬支払基金や国民健康保険団体連合会の連中の高飛車で偉そうなこと。現場で汗して診療しているのは私たちなのに、臨床の実際を知りもしないのにただ机上の空論で、「この病気にはこの薬は何錠までしか使えない」とか「この病名ではこの検査はしてはいけない」とか言って、実際に行った診療行為や医薬品の代金をできるだけ払おうとしないのです。
さらには、各健康保険組合や市町村は高い給料を払って、医療費を削る(いちゃもんをつける)専属の係員まで雇っています。そういった係員は月いくら削れというノルマがあって、それを達成すると報奨金が出るという噂もあります。ひどい話です。
一番ひどい話は院外処方箋で処方した薬を彼らが不適切と判定した場合です。処方箋料を不払いにするだけならば納得がいきますが、実際には薬局が受け渡しして薬局が受けとった薬の代金までも、処方した医師からさっぴいていくのです。680円(処方箋料)に関する処方の不備を口実に何千円、時には万円にもおよぶ薬の代金(医療機関はまったく受けとっていない)までも召し上げるのです。これはもはや「不適切な代価を支払わない」という支払代行機関として許される権限を超えた、法人職員による恣意的で一方的な処罰です。こんな理不尽が日常的に行われているのです。
さて、この4月にも恒例の医療保険点数の改定があります。崩壊が一番深刻で社会問題となっている産科や小児科医療については若干の増点がなされるようですが、他の診療科では例年のごとく保険点数の切り下げが行われます。ただ例年の改定と異なって今年の改定は点数をチョコチョコッといじくるだけではなく、かなり大きな変更点が数多くあります。
その全部をお話するには紙面が足りませんし、直接皆様方には関係の薄いこともありますので、私が現在気付いた(後になって気が付く悪巧みも隠されていると思われます。)幾つかの項目だけを列挙してみます。
1.後期高齢者保険制度の新設:この制度が今後大量に高齢者になるであろう団塊の世代をターゲットにした医療の姥捨て山政策であることについては既にコラムで説明しました。
2.外来管理加算の適正化:もともと訳の分からない品目をさらに自分たち(行政)に都合よく取り繕うおうとしているだけの不適切な施策。
3.届け出制度の大量新設:何かの医療行為をやろうとすると全て申請書類を届け出なければならなくなりました。申請書類の山となります。
4.一部の眼科医の露骨な取り潰し施策:コンタクトレンズ販売店と隣接した眼科、いわゆるコンタクト眼科を取り潰すための異常な診療報酬削減です。
5.勤務医の待遇改善:勤務医の所属する病院に対して加点をしました。しかし、雀の涙ほどの加点であって、とてもこれで病院崩壊が食い止められるとは思えません。
6.小児科と産科医療を守るための施策:これも、これまで行ってきた誤った医療政策に対する社会の糾弾の矛先をかわそうという姑息的な施策ですが、小児科医療、産科医療の崩壊の真の元凶は別な点にあるので、こんなわずかな撒き餌で現在の壊滅的な状況が改善されるとは到底思えません。
7.特定健康診査の発足:一律に腹囲が男性85cm、女性90cm以上をメタボリックシンドロームと決め付けて、無理矢理医療ではなく指導を強制するという、医学的根拠も薄弱であり、効果のほどもほとんど期待できない代表的な噴飯物の施策です。総医療費削減の数値目標達成のための机上理論の産物です。
このように、今年もまた問題山積みの改定でしたが、中にはよい変更もありました。私にもっとも関係が深い「精神療法」についての変更です。「時間売り」になったことは以前のコラムでお話しました。これは馬鹿馬鹿しいとしか言えない改悪で、今まで通りのやり方では100円の値下げになってしまいました。
しかし今までは「通院精神療法」と称して外来通院した患者さんに対してしか請求できなかったものを「外来・在宅精神療法」と名称変更して、往診した際にも請求できるようになりました。
私は往診で診療した患者さんに対してこの「外来精神療法」を請求して、何度となく却下されてきました。通常、往診しなければならないような患者さんは外来に通院できる方に比べて重症であり、精神療法もそれだけ困難で時間もかかります。それなのに、社保も国保も「通院でないから算定できません」との杓子定規な回答。
厚労省に直接直談判しても、担当官は「往診料はかなり高く設定してありますから、それでいいんじゃないですか」との珍回答。あんぐりと開いた口が塞がらなかったことを今でも鮮明に思い出します。
実際の診療現場をまったく理解しておらず(というよりもむしろ理解しようとしていない)、机の上でお金の計算だけしている官僚の発想これに極まれりです。
「お金が高いからいい」、「お金が安いから悪い」ではなく、「実際に行った行為に対して正当な評価をするべきである」という私の考え方をまったく理解できなかったようです。公務員試験という難関を突破した方ですから、試験の点をとる能力には長けているのでしょうが、基本的なものの見かたが分かっていないのです。
今回の改定でやっとこの馬鹿げた状態から脱することができました。しかし、ありがたいというよりは、よくもこれまでこんな理屈に合わない規則がまかり通っていたと、あらためてはらわたが煮えくり返る思いであるというのが本音です。
上に挙げた各項目について詳しい解説をするためには各項目ごとに1編のコラムを書かなければ正確なことを伝えることができません。したがって、今後機会があるごとにひとつずつ説明をしていきたいと思います。
最後に一言ふれておきたいことは3.の届け出制度の乱発です。75歳以上の後期高齢者の診療にかかわる特定の項目を請求するためにはそのための申請書類。夜間や休日の時間帯の診療加算を算定できる医療機関として認定してもらうためにはそのための申請書類と複数の添付書類等々、ざっと眺めただけでも数十の届け出制度が出来上がりました。
4月14日までに申請書類を提出して受理されなければ、そういう診療を行うことができません。一定以上の医療水準を確保していい加減な拝金主義の医療ヤクザを排除するために必要な処置なのかもしれません。
しかし、たかだか紙切れ一枚のこと、医療ヤクザにぬかりはありません。立派な書類だけはそろえてパスするに決まっています。むしろ苦しむのはまっとうな医療に明け暮れている真面目な医師達です。 3月の医療費の請求業務で大変な時期に、役人しか理解できないような行政用語と格闘して訳の分からない書類を揃えなければなりません。
私が一番懸念するのは、私たちが苦労して書き上げた書類の山を社会保険庁の人たちは月末までに果たして精読して審査できるのかということです。出させるだけ出させて、机の上に山積みにしておくなんてことがよくあるという不愉快な噂話を耳にします。
そうでなくても、「消えた年金」、「失われた年金」の再調査が遅れている社会保険庁です。そんな最中に私たちの申請書類の山をチェックする余裕などあるのでしょうか。
おそらく、年金のほうは後回しにしても、申請書類のほうのチェックを怠ることはないのでしょう。何しろ社会保険庁・厚労省の基本方針は「集金は怠りなく、支払いはできる限りせず」ですから。
この体質は介護保険や後期高齢者保険制度、そして年金問題で明確に示されています。集金業務である保険料は給料や年金から強制的に天引き。お預かりしていたお金の支払い業務である年金に関しては、受けとる権利がある国民に立証責任を押し付けて、証明できないものは払わない。医療保険についても同じことが言えます。国民から決して安いとは言えない保険料を預かっているにもかかわらず、いくら医師や患者が必要だといっても医療費はなるべく払わないのです。
文頭に書いた詐欺商法の大原則を忠実に守っています。大儲けできるはずですが、それでも赤字だというのは本来の使用目的以外に少なからぬ費用が使われているのではないでしょうか。
ともかく、大手を振って詐欺商法を行っているにもかかわらず、関係者が投獄されないのはなぜでしょう。それは当事者が国家そのものだからです。個人が犯した罪は厳しく問われるのに国家が犯す罪は許される。いつの時代にもある構図ですが、そういった由々しき事態を防止するために存在するのが近代憲法です。
国は憲法25条で国民に確約した事柄を真摯に守らなければなりません。私たちも常に注意深く、監視の目をそらしてはいけません。
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*1保険点数:全国一律に1点10円とされているが、実際には健康保険発足当時は地域間での物価の差異を考慮して東京、大阪などの大都市では1点11円であった。すぐに全国一律10円に改定された。日本全国どこでも同じ価格で同じ医療が受けられるという国民皆保険制度の精神からは一律料金が望ましいが、土地の価格や人件費などの経費を考えると医療機関にとっては平等とは言えない仕組みではある。
*2診療費の自己負担分:現在は社会保険も国民健康保険の方も、また本人や世帯主も家族も一律3割負担。老人保健だけは収入に応じて1割と3割の方がいる。以前は社会保険の本人は自己負担0であった。それが1割負担になり、間もなく3割負担になった。理由は医療保険の収支の赤字。実際に医療機関に支払われる金額は変わらないのに、窓口で支払う金額が多くなったために医療費が上昇した、病院の収入が増えたと勘違いしている人は少なくない。